カテゴリ:船形山界隈( 69 )

10月8日 沢渡黒伏山頂の天狗岩から船形山を望む。
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舩形連峰御所山案内(昭和47年発行、船形連峰御所山開発促進期成同盟会)
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「黒伏山の伝説」という一項がある。


・・・・・黒伏山の伝説・・・・・

黒伏山は、約1,400年前の開山といわれております。
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黒伏山は海抜1,300メートル(注:正しくは観音寺黒伏1,226m、沢渡黒伏1、235m)で二つの峰から出来ており、北の峰が沢渡黒伏で大昔から霊山として広く世の信仰を集めておりました。地方の神々のなかでも名高く、100年余り前から(注:1000年の誤り?)修験者など参籠する者が多く参拝者は行列をつくるほど、賑わいをきわめたところだと伝えられております。



明治になってからも年一回の祭典は社務所で行われておりました。
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この山は、山全体が岩山でできており、神社から沢を500メートルくらい登ったところ、左山道にかかり、50メートルくらいで御穴口(洞くつ)に達します。
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洞くつの入口は狭いが、
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胎内額面岩を過ぎて
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30メートルくらいのところに日点日点(注:意味不明、ご存知の方コメントください)があって、
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大穴牟知の神(注:大穴牟遅神(おおなむちのかみ)のこと?大国主命の別名?集落からここへ至る道沿いの沢を遅沢というが、牟遅神から由来するのかも知れない)、少那彦名神を祀る神秘的な洞穴です。
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洞穴の上の岩を薬師岩、
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普賢岩、
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熊野権現岩といい、
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そこを過ぎて頂上の天狗岩に達し、
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東沢向かいに大国岩見ることが出来ます。(注:東沢がどこを指すのか不明だったため下の写真が大国岩であるかは不明)
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そこには天照大神、春日大神、八幡大神が祀られております。


洞穴にはその昔、道知法印が奥深く入っていったと伝えられております。
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(注:僕のヘルメットに貼ってある梵字、右が不動明王、左が僕の生まれ年の守護である千手観音)


高知法印が黒伏山を去る時に「洞くつの奥深くに道知法印が金の杖をもって立っており、その前に金網が張られており、奥には龍が七巻している。」と言いのこして去った。
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この洞くつは昔は女人禁制になっておりました。この洞くつに入って参拝祈願した者は、その霊験によって年中無病息災で過ごすことが出来、災難にあうような場合は必ず知らせがあると言われる霊験は神であると言われております。

・・・・・・・・・・
以上が、「黒伏山の伝説」でありますが、次の項には「御穴の伝説」というのがあって、

明治32年ころの話として、利吉さんという人が行者の頭である源治法印と相談して最奥のご神体を拝みに行こうと試みた。二人は一週間穀と塩を断ち精進潔斎し穴の奥へと向かったのだが、途中で行き会ったほかの二人に強引に頼まれ同行を許してしまう。穴の奥には道知法印が金の杖を持って立ち七巻の竜がいた。さらに奥へ進もうとするとき、同行の二人が動けなくなり引き返したところ、源治法印に神がつき「みだりに人を同道するとは何事だ」と怒られてしまう。後日、源氏法印が一人でお詫び参りに穴に入ったところ、戻ってきた源治法印の袖には三本の爪の跡がついて裂け、顔にも三本の竜の爪痕が残っていた。その法印の話が村人たちに伝わり、御穴には誰も入らなくなったということです。

と、ある。これが、写真の祠より奥へは入っていけないと言い伝えられている所以なのかも知れない。

・・・・・・・・・・

沢渡黒伏は、山登りを楽しむって程度の感覚と技量で登れる山ではないと思う。
登山道は整備されておらず、途中鎖場はあるけれど他はかすかな踏み跡とまばらな目印のテープと赤ペンキがあるのみ。斜面は急で直登もトラバースもどこで滑落してもおかしくない。実際に滑落による死亡事故も起きている。

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下山は懸垂下降のほうが安全で楽な場所もあるほど。

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この警告看板は伊達じゃあない。



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by mt1500funagata | 2018-10-09 07:28 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(9)

船形山のアマツバメ

アマツバメってカッコいいなあ~!

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僕は、ツキノワグマを見るのも好きだけれど、アマツバメを見るのも好き。
船形山の山頂付近では、飛翔速度が時速160㎞以上にも達する鳥類最速の部類の鳥を間近に見ることができる。

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今日は大滝キャンプ場を起点に升沢避難小屋から山頂をぐるりと回って来た。

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目的は、来週行われる船形山のブナを守る会の山頂小屋への薪荷揚げ山行の下見と升沢小屋周辺の草刈り。
今回もエンジン草刈り機を担ぎ上げた。同行のY子さんと作業を進めていたところに逆回りで笹を刈りながら山頂を回って来たKさんが合流した。Kさんは僕が尊敬する先輩で船形山登頂は1000回に及ぶ。ザックには草刈り鎌や枝打ちハサミ、ノコギリが常備されていて、ゴミを拾い、倒木や藪の処理をしながら常に船形山のことを思いながら歩き続けている。

だいぶ、きれいになりました。

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山頂手前の千畳敷辺りから振り返ると、こんな感じ。
来週あたりが紅葉のピークになるのではないかな?と思うけれど、あまり期待しないほうが良いかもしれない。
ただ、ナナカマドの実付きが素晴らしく豊富だった。

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稜線が近づくにつれ、上空を飛び回るアマツバメが目立ち始めた。
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稜線上でアマツバメの飛翔を眺めている僕の目の前1mをアマツバメが、シャーーーーって飛んで行く。
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尾翼を閉じ、直線的にシャシャシャーーって飛んだと思うと、尾翼をパッと開いて下に向けブレーキをかけてキュッと方向転換する。この瞬間に飛んでいる昆虫などを捕食するのだろう。いつもながら昔見た映画のトップガンを連想する。

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アマツバメの飛ぶ姿を眺めていて飽きることはない。時間さえ許せば一日だって眺め続けることだろうと思う。


下山時に、ある検証をしてみた。
先週の船形山色麻コース下山時に発生した道迷いによる遭難騒ぎ。

本来、まっすぐ進むべき色麻コースを小野田コースとの分岐で誤って左折し、小野田コースを下山してしまい途中で間違いに気づき引き返したものの時間切れで当日下山が出来なかったというもの。
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地図やコンパスの不備とか確認不足とか時間管理とか、普通言われる道間違いの要因はいったん置いといて、これほど直角的に曲がってしまったのに、真っ直ぐ歩いていると誤認することがあるのだろうか?って疑問に思った。
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ちょっと前方を確認すれば、あそこが分岐だとわかるのは容易だけれど、分岐点の直前は少し急で、慣れていない人は足元ばかり注意して歩くかも知れない。

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さらに近づけば分岐点ははっきりし、なぜ左に曲がってしまったのか?僕らにしてみれば不思議にさえ思ってしまう。
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いよいよ分岐点。前を見て歩いていれば、進むべき方向がどちらかなのか判断に迷うこともないくらいハッキリした分岐点。
ところが、慣れておらず足元ばかりに目をやって、分岐手前の急な斜面を下ってくると左に曲がっているにも関わらず、真っ直ぐ歩いているように錯覚してしまう事が起こりうるという事に気づいた。(ここでは、前述の通り左折する道を左手に見て進む等の状況確認不足のことは一旦置いといてって話です。)

足元ばかりに目をやって前方を確認しないで歩いていると、分岐そのものに気が付かない可能性があることが一つ。そして、狭い登山道ではあるけれど、右側を歩いて来て少し平らになった分岐点で、右足が前に出ているタイミングで顔を上げると目の前真っ直ぐに小野田コースが見えるのである。
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もちろん左足が前に出ているタイミングで顔を上げると、色麻コースが目の前真っ直ぐに見える。

ずっと下向きで歩いていて、わずかに体が左を向いていて更に右足が前に出ているタイミングで前を見た時には、左折してしまう事に気づかず真っ直ぐ歩いていると錯覚してしまう事が起こりうると言う事ですね。

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升沢小屋の草刈り、稜線でのアマツバメ観察と相当な時間を費やしてしまったので、眺望所を過ぎるころには午後4時半を回ってしまった。日が短くなった秋の夕方、大滝キャンプ場へ戻る途中、2回もクマとニアミスしてしまった。

冒頭でクマを見ることが好きだと書いたけれど、登山道で出会うのは御免です。遭いたくない。


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by mt1500funagata | 2018-09-24 23:37 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(4)

2013年5月4日~5日、ブログ開設前Web版の記事です。
ここのところ、ツキノワグマの記事が多かったので、関連してリバイバル版を掲載すると良いんじゃあない?と言うご意見を頂きました。

読み物としてご覧いただければ幸いです。

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・・ふながた山のブナやクマのことならおもしろい。ふながた山は大きな山だ。
保野川はふながた山から出てくる。ふながた山は一年のうち大ていの日は つめたい霧か雲かを吸ったり吐いたりしてゐる。まはりもみんな青黒いなまこや海坊主のやうな山だ。山のなかごろに大きな洞穴ががらんとあいてゐる。そこから保野川がいきなり二百尺ぐらゐの滝になってひのきやいたやのしげみの中をごうと落ちて来る。それがふながた山の色麻大滝だ。
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宮沢賢治のパクリから始まりましたが、残雪の上にテントを張り泊まりで4日~5日と行って来た、小荒沢源頭ブナ平の周辺は、宮沢賢治の「なめとこ山の熊」をいつも思い浮かべる場所なのです。

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・・・むかし、熊がごちゃごちゃ居たさうな、なめとこ山のへんに熊捕り名人の「小十郎」という、赤黒いごりごりしたおやぢがいた。小十郎はなめとこ山あたりの熊を片っ端から捕ったのだけれど、熊どもは小十郎をすきなのだ。でも鉄砲をこっちへ構へることはあんまりすきではなかったので、大ていの熊は迷惑さうに手をふってそんなことをされるのは断った。けれども熊もいろいろだから気の烈しいやつならごうごう咆えて小十郎へかかって行く。そうすれば小十郎にズドンとやられて死んでしまふ。そうしたら小十郎はそばへ寄って来て「熊、おれはてまへを憎くて殺したのでねえんだぞ。ほかの罪のねえ仕事していんだが畑はなし木はお上のものにきまったし里へ出ても誰も相手にしねえ。仕方なしに猟師なんぞしてるんだ。てめへも熊に生まれたが因果ならおれもこんな商売が因果だ。やい。この次には熊なんぞに生まれんなよ。」と云ふのだった。・・・

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夜半から、ごうごうと強い風の吹く音が聞こえはじめましたが、テントがゆれることはありませんでした。花染山の稜線が風をうまくかわしてくれるのでしょう。
風が当たらず三方の斜面から土に浸み込んだ養分が集まるこの場所は、ブナにとっては最高の地形なのでしょう。一番良い場所には胸高周り5mになろうかとする大きなブナが僕らのテン場を見おろしているのです。

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未明には風が収まりブナの樹間から、半月を望むことができました。
そして、月明かりと雪明りを頼りにテン場のすぐ脇の尾根に登ってみました。

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・・・小十郎はもう熊の言葉だってわかるやうな気がした。小十郎はある夜、母親とやっと一歳になるかならないやうな子熊と二匹丁度人が額に手をあてて遠くを眺めるといったふうに淡い六日の月光の中を向ふの谷をしげしげ見つめてゐるのにあった。熊のからだから後光が射すやうに思へてまるで立ち止まってそっちを見つめてゐたら子熊が甘えるやうに云ったのだ。
「どうしても雪だよ、おっかさん谷のこっち側だけ白くなってゐるんだもの,どうしても雪だよ。おっかさん。」
すると母親の熊はまだしげしげと見つめてゐたがやっと云った。
「雪でないよ、あすこへだけ降る筈がないんだもの。」
子熊はまた云った。
「だから溶けないで残ったのでせう。」
「いいえ、おっかさんはあざみの芽を見に昨日あすこを通ったばかりです。」
月の光が青白く山の斜面を滑ってゐた。しばらくたって小熊が云った。
「雪でなけぁ霜だねえ。きっとさうだ。」
ほんたうに今夜は霜が降るぞ、お月さまの色だってまるで氷のやうだった、小十郎はそう思った。
「おかあさまはわかったよ、あれはねえ、ひきざくらの花。」
「なぁんだ、ひきざくらの花だい。僕知ってるよ。」
「いいえ、お前まだ見たことありません。」
「知ってるよ、僕この前とって来たもの。」
「いいえ、あれひきざくらでありあません、お前とってきたのきささげの花でせう。」
「さうだらうか。」子熊はとぼけたやうに答へました。・・・

ここらへんの、ふながた山あたりの熊も、こんな尾根から向こう側を見つめて、こんな話をしているのでしょうね。

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花染山の稜線に朝日が当たり、示し合わせたように小鳥のさえずりが賑やかになって来ました。

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今朝の山めしは、和風で。

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朝食後、手ぶらでブラブラと花染山まで散歩に行って来ました。
一昨年は左の茂みに熊がいたんだよねえ、とか、僕らにびっくりしたカモシカが転げるようにすっ飛んでいったよねえ、などと話しながら全く緊張感のない山歩きを楽しみました。

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尾根から小荒沢へ向かって行く熊の足跡が残っていました。
昨日の夕方くらいの足跡のようです。尾根の上から丁度人が額に手をあてて遠くを眺めるように僕らのテントの灯りを眺めていたのかも知れませんね。

・・・豪儀な小十郎も町へ熊の皮と胆を売りに行くときはみじめだった。
こずるい荒物屋の旦那に安く買い叩かれ、実に安いことは小十郎も知ってゐた。
こんな風だったから熊どもは殺してはゐても決して憎んではゐなかったのだ。

ある年の夏、小十郎は鉄砲をつきつけた熊から問われる。
「おまへは何がほしくておれを殺すんだ。」
「ああ、おれはお前の毛皮と胆のほかはなんにもいらない。ひどく高く売れると云ふのではないしほんたうに気の毒だけれど仕方ない。けれどもお前に今ごろそんなことを云はれるともうおれなどは何か栗かしだのみでも食ってゐてそれで死ぬならおれも死んでもいいやうな気がするよ。」
その熊は、「二年ばかり待って呉れ、二年目にはおまへの家の前でちゃんと死んでゐてやる。」と云い、小十郎は変な気がしてぼんやり立って鉄砲を射たなかった。
ちょうど二年目の朝、約束とおり熊は小十郎の家の前で倒れてゐた。
小十郎は思はず拝むやうにした。

そして、生まれて初めて猟に出るのが嫌んたような気がした日、小十郎は熊に殺されてしまう。

その熊は鉄砲を射っても少しも倒れないで嵐のやうに黒くゆらいでやってきた。
小十郎はがあんと頭がなってまはりがいちめんまっ青になった。それから遠くでこう云ふことばを聞いた。
「おお小十郎おまへを殺すつもりはなかった。」
ちらちらちらちら青い星のやうな光がそこらいちめんに見えた。
「これが死んだしるしだ。熊どもゆるせよ。」と思ひながら小十郎は死んだ。
とにかくそれから、まるで氷の玉のやうな月がかかってゐた三日目の晩だった。
白い雪の峯々にかこまれた山の上の平に黒い大きなものがたくさん環になって集まり、じっと雪にひれふしたままいつまでもいつまでも動かなかった。
いちばん高いところに小十郎の死骸が半分座ったように置かれてゐた。
思いなしかその死んで凍えてしまった小十郎の顔はまるで生きているときのやうに冴え冴えして何か笑ってゐるやうにさへ見えたのだ。ほんたうにそれらの大きな黒いものは参の星が天のまん中に来てももっと西へ傾いてもじっと化石したやうにうごかなかった。・・・

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「何もしない山行」と銘打ったこの山遊び。
気のあった仲間と酒を飲みメシを食い語り合い笑いあい、それだけ。 山登りらしいことは本当に何もしませんでした。
ふと会話が途切れたとき、何かでひとりになったとき、僕はずっと「なめとこ山の熊」のひとつひとつのフレーズを思いだしていました。そんなことを考えるのは,この場所がちょうどいい。





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by mt1500funagata | 2018-08-22 06:58 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(0)

平成30年6月17日
地元の船形山岳会が中心になって進めてきた登山道鳥居の復元落成式。
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船形山のブナを守る会も協力団体として作業に関わってきた。

僕は今日のこの場に何としても立ち会いたかった。

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主催の船形山岳会、協力団体の仙台朋友会、そして僕ら船形山のブナを守る会ら約50名が参加して執り行われた。

今日は最後の作業となる柱の基礎部分のコンクリート打設をもって完成となる。
参加者有志は、5㎏ずつ小分けにされたセメント・砂・砂利などの資材を運び、僕も5㎏の砂利をザックに入れた。
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背中の重さは、復元された鳥居への想いに変わる。
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皆さん同じ気持ちで荷物を背負ったのではないかと思う。

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僕が参加出来なかった前回の作業で、鳥居は仮建てされていた。

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コンクリートを流し込む前に、清めの砂を根元に入れる。
これら一連の作業や神事は船形山岳会が、石神山精神社の吉田宮司から伝授されてのことだった。

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型枠を設置しコンクリートを打設、建立作業としてはこれが最終となる。

予定通りの時間に作業を終え、落成式典神事へと進む。
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最初に行われたのは、旧鳥居納めの儀。
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いつ誰が建てたものか、今となっては分からない一本だけ残された旧鳥居の芯を抜き自然に帰すための儀式。

続いて、注連縄掛けの儀。
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修祓(しゅぱつ)・・・参列者拝礼。
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くぐり初めの儀
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右の柱の周りを3回、左の柱の周りを3回まわり、最後に鳥居をくぐる。
こうした神事に立ち会うのは勿論初めての事だし、こうして鳥居が建立されるのだと云うことを知った。

記念品を受け取った後は、
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ブナの会オカリナ愛好会有志による伴奏で、参列者一同で山の歌を奉納した。

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主催者挨拶は高齢で現地に来ることが出来なかった船形山岳会の横田会長のメッセージを副会長が読み上げた。
昭和30年初頭から60年以上の長きに渡り船形山と関わり、崇め愛し続けた横田会長の想いが込められた名文であり、文面の文字を目で追いながら聞いていた僕は胸が熱くなる感覚を覚えた。

最後に、神酒拝戴(しんしゅはいたい)
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こうして一連の神事が厳かに終了した。

かつて、この場所に鳥居が立っていたことを僕は知っていた。
一番古い記憶によれば、柱はまだ2本立っていて、上部の笠木は現地調達と思われる天然木が渡されていた。
鳥居があったことは知っていたけれど、その鳥居のことを語ることは出来なかった。

でも、復元された鳥居のことを僕は語ることが出来る。
地元に船形山岳会という船形山に特化した山岳愛好者の集まりがあり、発起人である横田会長を始め山岳会の方々の想いが集まり鳥居が復元されたと云うことを。

これから、何度この鳥居をくぐることになるだろうか?
僕はそのたびに今日のことを思い出すだろうし、再建に関わった人たちの行動や想いを語ることが出来る。

僕は今日のこの場に、居なければならなかった。
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by mt1500funagata | 2018-06-17 22:11 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(4)

霧雨 森は無限に広がる

霧がじめじめ降っている早朝、船形山升沢小屋へ行くために小荒沢林道を大滝キャンプ場へ。

山奥の駐車場に停まっている車はなかった。
天気が悪いからと言って山に行くのを止めることはないけれど、晴れの日よりもテンションが上がらないってのは否めない。
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登山口で少しグズグズして、とりあえず鈴沼に行ってみる。
霧に包まれた幻想的な景色を見ることが出来るかも知れない。
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霧が濃すぎた。沼は白色に包まれ全体を見ることは出来なかった。
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それはそれで、こんな日の鈴沼の表情を確かめることが出来る。
今日は今日で美しい沼だ。

鈴沼から戻り、福島から来られた4人の後を追うように登山口を出発。
僕は山頂を目指さずに、すぐ左折し三光の宮経由で升沢小屋への道を辿る。

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保野川を渡り千本松山のクロベを過ぎたあたりで、いつもツクバネソウの5枚葉を見る。
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今日も見つかった。
まあ、それほど珍しいって訳でもないけれど、四つ葉のクローバーみたいなものですね。

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鳥居の再建も順調に進んでいて、明日はいよいよ完成、落成式を迎える。
僕は明日もここへ来る予定。

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今日の船形山は静か。僕を含め7人しか入っていなかったと思う。

升沢小屋ではいつものようにメンテ作業。
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こんな張り紙をしてくれる登山女子も居るかと思えば、
この張り紙が目に入らないのか?字が読めないのか?或いは全く無視するのか?・・・そんな登山女子も居る。
意味わかりますよね?

今日は山頂は目指さない。
山頂もガスって展望はないだろうし、それよりも僕には気になってしょうがないことがあった。
先週見つけたノビネチドリは盗掘されずに今日も咲いているだろうか?ってこと。
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山に来る人のすべてがマナーを守りモラル意識の高い人ではないというのは、トイレの件でもよーくわかる。

小屋で合流した足の速い福島の方々と一緒に下山し、別れたあとノビネチドリの咲いていた森へと向かった。

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咲いていた。良かった。
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宮城県レッドデータブック 絶滅危惧Ⅱ類
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マクロレンズを使って、写真を自分のライブラリーに加えたかったという思いもあった。

樹上には、
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これも環境省カテゴリ準絶滅危惧、宮城県RDB絶滅危惧Ⅱ類「ヤシャBシャク」yashaビshaku
ブナなどの老木の洞に着生する(寄生ではない)

ラン科の絶滅危惧種は森の中に、ぽつりと一株だけで咲く。
樹上の絶滅危惧種は、条件の整った樹の洞に着生する。

どちらも、種がその場所に運ばれてきて、発芽し生長し花を咲かせるというのは奇跡的なことに近い。
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こんな花咲いてました、だけでなくその花が咲くまでの様々なドラマを想像してみると、なるほど!こりゃ貴重な訳だ!と言うことが分かってくるだろう。

綺麗に写真を撮るのは良いことだし大切なこと。
でもその花が咲くまでの時間という奥行き、花を咲かせられる条件を整えた鳥や周辺の環境という広がり、このふたつを想像し感じることが出来れば、森は歩いた範囲より何倍も無限に広くなる。



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by mt1500funagata | 2018-06-16 22:02 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(3)

雨降りの朝、船形連峰升沢避難小屋までプラプラと。
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午前4時に目を覚ました時に、窓の外に雨音が聞こえていた。
升沢小屋に行くつもりだった僕は、ちょっと憂鬱な気分だったけれど、まあ雨の日のブナ林もイイかな~って思って家を出る。

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「ブナの森は傘いらず」とは良く言ったもので、小降りになってきたブナ林の中はほとんど濡れることなく歩ける。

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樹表が濡れて、黒々としたでっかいブナは重厚感が増す。雨降りだからこそ出会えるブナである。

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30分も歩かないうちに雨は上がり、初夏の花が頭上に揺れる。

プラプラと歩いて、鳴清水。
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シロヤシオが満開。

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紫と白の取り合わせは、イイねえ~!

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僕は、ここのブナの風景が好きで、毎年同じような写真を撮ってる。
昨年同時期の写真と比較すると、残雪の量は5分の1くらいか。

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このブナ、彫刻のように見えませんか?

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瓶石沢を過ぎると、残雪の上を歩き、春山の雰囲気。
雰囲気は良いのだけれど、夏道は雪の下だし藪って言うか中途半端で直線的にも歩けないので、慣れない人にはルート取りが難しいんじゃないかな?

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何年か前に、地元の船形山岳会が付けていた目立つ赤テープも、経年でまばらになって来ている。
こんな場所では、進むべき方向を間違えるとやっかいなことになる。以前、Kさんが朝に追い越した人が迷い、Kさんが下山する時間までこの辺を彷徨い続けていたことがある。大きな呼び声を聞き洩らさなかったKさんが無事下山口まで同行下山したという話を聞いた。
今の時期は登りはじめは夏道なので、こんな場所に不慣れな人が来てしまうケースも多い。僕も今くらいの時期に、三光の宮から升沢小屋の間で、進むべき方向を見失ってしまった人を引っ張った経験は1度や2度ではない。

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升沢小屋の小屋日誌に、嬉しい書き込みを見つけた。
Akiさーん!コメント待ってますよーー!

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小屋でメンテ作業やノートを見たりしてダラダラと時間を過ごしているうちに、青空が顔を出し始めた。
沢沿いは雪渓も薄くなって歩き難いだろう。ヘタレな僕は山頂へは行かない。今日は升沢小屋までプラプラ歩いて来るのが目的で、僕の括りの中では登山の範疇に入らないので、そもそも歩き難いところをわざわざ歩くと言う気構えがなかったと言える。

下山途中には、お約束の岩に立ち寄る。
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S木さんに挨拶して帰るのだ。
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線香じゃなくタバコを供える。S木さんがうまそうにタバコを吸う姿を思い浮かべる。

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下山して、久しぶりに氾濫原の伏流水の出口にあたる、ヒラコ沢の滝を見に行って来た。
この滝の上部は、ちょっと進むと水がなくなる。以前、そのまま沢状の窪地を忠実に辿ったことがあって、それは氾濫原へ行き当たる。

今日のお仕舞はツキノワグマのこと。
旗坂キャンプ場から下って来て、小荒沢に架かる橋を渡ってすぐ右手の杉林。
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ごく最近のものと思われる、クマの樹皮剥ぎの跡を見つけた。
前記事でも書いたけれど、クマにとって道路は行動を妨げるものではない。
道路のすぐ脇だってクマが日常的に動いてるってこと。
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道路に面した古い電柱は、格好のクマの寄り付き場。
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しょっちゅう、こんな事(背擦り)しているんだろう。(過去写真)

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良く見てみると、クマの毛が残っていたりする。

山中で満開のシロヤシオを見れば、心が和み美しさに感激する。
道路端でクマの毛を見つければ、そのクマの姿を想像し、楽しくなる。
(近くにいるかも知れないので、無防備で杉林の中をうろつくのはヤメましょーね!)




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by mt1500funagata | 2018-05-19 22:11 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(4)

晴天の船形山、升沢小屋のメンテに行って来た。
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山へ行くのに、うってつけのの好天に恵まれた一日を船形山の懐に抱かれる。

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升沢コース下部のブナの森は新緑に包まれていた。
前回、鳥居の笠木を乗せた橇を引いて登った道も、すっかり夏道となり鳥の声がそこいらじゅうに響き渡る。

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反骨の山男であり、船形のブナの森をこよなく愛したS木さんの魂が眠る旗坂平の下の岩。
草創期から長年に渡りブナの会の活動に積極的に関わり、原発事故に絡む指定廃棄物最終処分場の建設計画が持ち上がった際には「おらほの山の玄関口にゴミ溜め作るなんて、とんでもねえこった!」と怒りを露わにし反対運動に携わった。泉ヶ岳のトレラン大会のコースに氾濫原が入っていた時には、僕らは署名や投書でコース変更の要望を強力に申し入れたけれど、S木さんは主催者事務所に単身乗り込み直談判をやってのけた。絵にかいたような反骨精神を持ったS木さん。僕はここを通るたびに「ただよしさーん!」って声を掛ける。
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タムシバの花が咲くのも年々早まっているように思う。

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標高を上げるにしたがって、新緑の山から残雪の山へと姿を変える。
瓶石沢を渡る夏道は、もう少し上のほうだけれど、今日は三光の宮から一直線に歩いて来たのだ。上を目指せば良いというルートではないので、慣れないと迷いやすい。僕は三光の宮を少し越えたあたりで高度計を確認し、その高度を維持しながら西に向かって升沢小屋を目指す。そうしておけば地形図やコンパスと睨めっこすることなく、高度計付きの腕時計をちらちら見るだけで升沢小屋へ到達するのは容易なのである。

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夏道を忠実に辿るのとは少し違った方向から升沢小屋へ到着。
屋根にちょっとかかるタカラ森が可愛い。

こんな天気の山頂は眺めも良く、山頂を踏んだ満足度も高いだろう。
ここで山頂へ行かないことを決断するのは少々惜しまれるけれど、僕は山頂よりも小荒沢源頭部のブナ平へ向かうことを決めた。
山頂へは、今年も何度か行くことが出来るだろう。でもブナ平は今日を逃すと今年はもう行くことが出来なくなる。

小屋でのメンテ作業を終え、小屋で出会った方々と少し話し込んだ僕は、小屋を後にし三光の宮から花染山へ延びる尾根へと足を進めた。
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ブナ平に初めて足を踏み入れて以来、行かなかった年はない。年に複数回行き、テント泊で夜のブナ平に身を置いたこともある。
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今日の僕は山頂へ行くことよりも、ブナ平のブナに会いに行くことのほうが重要だった。

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ブナ平で一番太く、際立って大きさが目立つ「大王ブナ」。
何百何千年という森の時間の中で、ブナ平の主も世代交代を繰り返す。次代の主となるブナだ。

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長いこと主として君臨してきた「黒森ブナ」と「花染ブナ」。年々衰えが目立ってくる。
手前の黒森は最後の枝が折れ、朽ちる時が来るのはそれほど遠い先のことではないだろう。
僕は思う。「僕はこの黒森ブナが朽ちる時を見届けたい」

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今年のGWには、この二本のブナの根元でテントを張り夜を過ごしたいと思っていたのだけれど、家庭の事情はその時間を作ることが出来なかった。
そろそろ、このブナの語る声が僕にも聞こえても良いのではないかなあ、と思っている。

僕の中で、このブナは樹木としてのブナではない。
意思と記憶を持った魂が存在するブナなのである。

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小荒沢を覆っていた雪も消えて行き藪も密になり、ブナたちが人の訪れを拒む季節が近づいて来た。

僕は今日、ブナ平へ行かなければならなかった。


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by mt1500funagata | 2018-04-28 23:06 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(2)

船形山升沢登山口から山頂へ向かう道の中間地点、不動岩の入り口に、かつて鳥居があった。
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現存する鳥居の柱一本
僕の最も古い記憶では、柱は二本あって上の笠木の部分は、その辺の倒木を利用した鳥居だった。なので、僕らは会話の中で場所を指す場合に「鳥居」と言う言葉は日常的に使っていた。


その鳥居を再建しようと地元の船形山岳会が動いた。
船形山岳会の横田会長は昭和30年頃から船形山に通い、当時は鳥居をくぐるといよいよ船形山の神聖な結界を越えるという厳かな気持ちになり、その鳥居越しに眺める船形山に畏敬を感じたという。
その想いを後世に伝えたいという気持ちが、船形山岳会会員の心を動かし、再建への具体的な行動が始まったのである。


県立自然公園の中でのことであるから県や町との調整、森林組合の協力を得ての笠木や柱の制作、具体的な実行案の作成を経て、いよいよ再建へ向けて山腹への荷揚げ作業が始まった。
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主体の船形山岳会、協力団体の仙台朋友会と船形山のブナを守る会、そして一般協力者の総勢47名が集まった。
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一番の大物である約80kgの笠木は、朋友会とブナの会が交代で引き上げる段取り。
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古いスキー板を利用した橇で力を分散させて引き上げる。
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残雪の締まり具合も程よくて、緩斜面では快調に引き上げは進む。

現場までは、3カ所の急斜面があるけれど、
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キツイところは上部にアンカーを取って滑車で引き上げた。
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早春のブナ林を綺麗な隊列で進む、仙台朋友会の皆さん。チームワークとパワーは流石です。

ひとつのことを成し遂げようと、大勢のベクトルが同じ方向に向かっていると、普段より力も出るし辛いと思っていた作業そのものも楽しくなってくる。
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引き上げた笠木の大きさ比べ、涅槃ポーズの僕は身長179㎝体重73㎏。笠木は80㎏くらいって言ってたけど、もっと重いんじゃない?

予定通りの時間に、現場までの引揚げ作業が完了した。
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同行した東北放送テレビのインタビューに答えていた船形山岳会の方の言葉は印象深かった。
その方は麓の大和町で農業を営んでいる方で、船形山は田んぼの水を与えてくれる山、まさに命の源と言える山なのである。
僕らのように趣味やレジャーで船形山と関わっている者たちとは船形山を崇める気持ちの度合いが違うのである。

記念撮影のあと、般若心経を唱えてデポを終了し、予定通りの時間に下山開始となった。
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せっかくの橇なので乗らなきゃ損?
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下山後は、支援部隊による美味しいトン汁が僕らを迎えてくれた。

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古い船形連峰御所山案内には、「⑫鳥居」 と記載されている。改訂版では「⑫左右に杉・桧の木が多い。元ここには鳥居があった。」と変わっている。そしてどちらにも、「⑪不動岩 大きな石で無理すれば登れる。」と記載されている。
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鳥居の少し先にある不動岩。
かつて、無理して登ってみたことがある。相当無理をした。でも鳥居が再建される前に登っといて良かった!
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正面から取りつく僕。
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僕と並んでいるのは、当時学生だった僕の息子。
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急斜面が好きな登山女子は高いところも好きだった。

8年前だったかな?もう無理できないよわ!

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by mt1500funagata | 2018-04-01 22:13 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(0)

平成29年12月31日
大晦日の朝、升沢しょい滝に呼ばれた。
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ここ数日、僕はしょい滝へ行きたいと強く思っていた。と言うか、行かなければならないと思っていた。

僕には船形山界隈や七つ森界隈に、ここには神様がいるんだなぁ~って思える場所が何カ所かあるけれど、ここもその中のひとつ。



升沢へ向かう途中、いつもの嘉太神あたりを一回りする。
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僕らが冬山を歩く時によくラッセルという言葉を使うけれど、これこそが森のケモノたちのラッセル。イノシシが先頭を切り、そのトレースをタヌキやらキツネたちが利用する。
奴らは胸までのラッセルを平気でやる。膝上ラッセルなんていかにも大変そうなこと言ってるニンゲンなんて、実はたいしたことないだよな~って思わされる。

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この綺麗に揃った足跡は?
上品なモデル歩きのテンのようだ。わかるまで少しの時間が必要だった。
(訂正:後日調べてみたところアナグマのようです)

升沢まで上がってくると、積雪量は一気に増える。
森のケモノに倣って僕もツボ足でしょい滝へと向かう。
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深いところでは太ももまで沈む深雪に、歩き始めて10歩で後悔した。
俺様はニンゲン様だ、なんて偉そうなこと言ったって、胸までのラッセルを平気で一日中やってる森のケモノたちに到底及ばない。自分の非力さを知る。

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ここに架かっていた橋は30年くらい前に自然の力の前になすすべがなく流されてしまい、今ではしょい滝を訪れる人は滅多にいない。

深雪をラッセルし沢を渡り、直線距離で高々400ḿ程度の距離を歩くのに約40分を要して、しょい滝の前に立った。
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僕が何年か前に取りつけた滝名板。括り付けた針金は樹の幹に食い込みまったく動かなくなっていた。
次回来るときには、緩めるための道具を持って来よう。

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升沢しょい滝と向かい合うのは何度目になるだろう?

ファインダーを覗いていた僕は何かを感じて滝の上部を見上げた。
何だろう?たった今までと違う空気感というか気配を感じたのだ。
滝を見上げていて、その感覚の違いの理由が分かった。
滝の流れ落ちる音が変わったのだ。

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今まで聞こえていた滝の音にかぶさるように、少し高音域の水が落ちる音が滝の岩盤から聞こえてきたのだった。

風のせいかも知れないだろうけど、もしかしたら、ほかの何かのせいなのかも知れない。

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今日はここに1時間20分いた。
この岩盤と流れる水の姿の中に、何を見るかは人それぞれによって違ってくるだろうけど、何度も来て見て暫くの時間その場に身を置くと何かを感じられる、そんな滝だと思う。


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ニンゲンの非力さと傲慢さを知り、滝の前で「何か」を感じて過ごした12月31日の朝だった。

皆様、今年も一年間お付き合いいただきありがとうございました。
あと数時間でやって来る新しい年が、皆様にとって良い一年であるように心より祈念いたします。



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by mt1500funagata | 2017-12-31 22:53 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(2)

升沢小屋の冬支度

船形連峰升沢避難小屋の冬支度に行って来ました。
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うっすらと積もった雪が冬の始まりを物語り、訪れる人もほとんどいなくなる。

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テンの足跡を追うように升沢小屋へと向かう。

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ツキノワグマもまだ冬ごもりの穴を探しているのか?ウロウロしているようだった。
こうして森に暮らす動物の動きを想像しながら歩けるのは、藪が透き雪が薄く積もった季節ならでは。

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おや!?テンが雪の下に何かを見つけたようだ。
すたすた歩いていた足をふっと止め、身体を左にひねってくんくんと臭いを確かめて、前脚を雪の中に突っ込んで土を掻き出す。
そんな姿を想像するのは楽しい。

綺麗な花、美しい紅葉、見事な展望・・・見えるものだけを見ていたのでは、森を歩く面白みは半分って僕は思っている。
見えたものに少し想像というスパイスを加えるだけで、奥行きはずっと深くなると思う。

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例年、11月中旬に升沢小屋の冬支度にやって来る。
窓に雪囲いの板を落とし、スコップを小屋の外に準備する。
中でも一番の目的はバイオトイレのオガクズの総入れ替え。

ちょっと、見苦しい画像かもしれませんが今回は敢えて載せます。
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オガクズを利用したバイオトイレは、簡単に言うと糞尿に含まれる水分をオガクズが吸収し炭酸ガスを蒸発させて微生物が分解する仕組み。
だから、オガクズの含水量が多くなるとうまく機能しなくなるのですね。
このブログで、定期的にバイオトイレのメンテナンスに行ってきたなどど触れているけれど、僕がやっているメンテってのは便槽内のオガクズの含水率を低くする、つまり水分を多く含んだオガクズを取り除いて、乾燥したオガクズを補充するってこと。

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今年は何故か便槽の中が例年より水分が多かった。
もしかすると原因は、トイレの清掃をしてくださる方が水を流したことにあるかも知れない。

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こんな張り紙をしてきた。
このブログ記事を読んでいる方には、知っておいてもらいたいことだし、誰かに伝える機会があれば伝えて欲しいと思っています。

ここで、注意していただきたいのが山頂避難小屋のトイレとの違い。
山頂のトイレもバイオトイレの一種ではあるけれど、山頂のトイレは水による浄化方式ってこと。山頂のトイレは使用のつどバケツ1杯分くらいの水を流し入れることで機能する。だから山頂小屋の外にドラム缶で水を溜めているんですね。
山頂小屋のトイレ→水を流すOK
升沢小屋のトイレ→水を流すNG
という事です。

一通りの作業が終わったら、
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ごま豆乳仕立ての煮込みうどんを食べて、
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自家製のローズヒップティーを飲んで体を温める。

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午後から天候が崩れるのは予報通り。
けっこうな時間をメンテに費やしたので、雨に当たる前に早足で下山してきた。
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来週、山頂までいけるかな?

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帰る前に寄り道した鈴沼は、寒々として何か物悲しい思いがした。

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「ナイジャスキマリハーヒト・・・」
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船形山周辺を根城にするヒゲの写真家が森から聞いた言葉らしい。

僕はまだその言葉を聞くことが出来ないけれど、何百年もの時を経てもうじき土に還ろうとする朽ちたブナも、最初は一粒の種だった・・・ってことは想像できる。

「ナイジャスキマリハーヒト・・・」森と水と風とが約束した時を語った言葉だそうだ。

あなたはこの森の言の葉から、どんなことを想像しますか?



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by mt1500funagata | 2017-11-18 23:40 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(3)