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カテゴリ:船形山界隈( 84 )

升沢小屋の草刈りは雨

ここのところ、山に登ることを目的として船形山に行くことがなくなったように思う。
升沢小屋のメンテだったり、ブナの会の薪荷揚げだったり、個人の楽しみとしては新たな出会いと発見を求める探検だったり。
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今日はエンジン草刈り機を担いで升沢小屋へ。
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この草刈り機は草を刈るだけのコンパクトで軽いものだけれど、登山道に覆いかぶさるチシマザサなどを刈るためのパワーのあるものは倍近い重さがあるのですね。

登山道整備の人たちは、そんな重い草刈り機を担いで登って来て、さらに作業をしているのですね。ご苦労様なことで感謝感謝ですよね。登山道がヤブっぽいとか刈り払いをしていないとか、言うだけだったら簡単だけれど、、、。自治体で予算をつけてやればいいじゃん!やる業者がいれば簡単だけれど、、、。業者さんにとっても作業員の高齢化が進み、なかなか実施できないのが現状のようです。ボランティアとは言わないけれど、登山愛好者が作業員として参加するってことも考えたらいいんじゃないかと思う。

僕が町から委嘱を受けている管理業務は小屋のメンテだけであって、草刈りは含まれていない。本来は除草作業として入札をし業者を選定して行われるものだけれど上記とおり実施しきれていないので、せめて小屋の周りだけでも僕がやる。

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升沢小屋に着くまでは蒸し暑く、重い草刈り機を担いで汗だく。エンジンを掛けて刈り始めたところで雨が降り出した。

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草刈りそのものはそれほど時間がかからないけど、刈った草を集めて小屋の裏に捨てに行くのが大変。一人だったらたっぷり半日がかりの作業になる。昨年のし尿オガクズ降ろしの時のように、協力を呼びかけたら何人かは集まってもらえるだろうか?4~5人でやればほんの数時間で終わると思う。

夕方、カッパを着て下山した。カッパ歩きは何週連続になるのだろうか?


保野川渡渉点にあるブナの倒木。
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僕はこの木に「旅をするブナ」と名前をつけて呼んでいる。

3年前の秋にブナの会の機関紙「ブナ通信」に寄稿した一文ですが、良かったら読んでみてください。
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◆◆◆旅をするブナ◆◆◆

大和町 千葉

10月2日の山頂避難小屋への薪の荷揚げ、升沢避難小屋のし尿下ろし。参加された皆さん大変お疲れ様でした。
升沢小屋からの帰り道、保野川の渡渉点に流れ着いていたブナの大きな流木を覚えていますか?8月下旬にあの流木はありませんでした。初めて見たのは9月21日。ということは北日本に甚大な被害をもたらした台風10号による沢の氾濫で流されて来たと考えられます。沢を跨ぐ巨大な流木に触れて、その上に立ってみる。そして沢の上下流や辺りのブナの森を眺めてみると、ひとつの物語が出来上がる。

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アラスカの動物学の古典 ”Animals of the North”(極北の動物誌)という一冊の本がある。かの星野道夫は「それは生物学の本というより、アラスカの自然を物語のように書き上げた名作である」と評した。

その第一章「旅をする木」
それは早春のある日、鳥がついばみながら落としてしまうある幸運なトウヒの種子の物語。川沿いの森に根付いたトウヒは、いつしか一本の大木に成長する。長い歳月をかけて、その木が川岸に立つ時代がやって来る。ある春の雪解けの洪水にさらわれたトウヒの大木は、ユーコン川を旅しベーリング海へ、そして北極海流によってアラスカ内陸部で生まれたトウヒの木は遠い北のツンドラ地帯の海岸へとたどり着く。打ち上げられた流木は木のないツンドラでひとつのランドマークとなり、キツネの匂いつけの場所となった。冬のある日、キツネの足跡を追っていたエスキモーはそこにワナを仕掛けるのだ・・・一本のトウヒの木の果てしない旅は、原野の家の薪ストーブの中で終わるのだが、燃え尽きた大気の中から生まれ変わったトウヒの新たなた旅も始まってゆく・・・。

僕は今まで、この物語を何度読み返したことだろう。
船形山登山道、大滝キャンプ場~三光の宮間の保野川渡渉点に流れ着いたブナの大木。僕はこの流木となったブナに「旅をする木」を連想した。

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何百年か前、保野川を見下ろす崖の際に落ちたブナの実は、いくつかの偶然が重なって発芽し、様々な幸運に恵まれて大木へと生長した。ツキノワグマは木に登りアカネズミは落ちた実を巣に運び、動物や鳥たちは何世代にも渡って、このブナから食の恩恵を受けたことだろう。
保野川に面した崖は数年に一度の大雨や地震によって少しずつ浸食し、崖際のブナの根の下には空洞が出来るまでになった。老木となったブナの樹上の洞には鳥がヤシャビシャクの種を残した。ヤシャビシャクが発芽する頃、大雨によって緩んだ崖は土砂崩れを起こし、ついにブナの大木は保野川へと滑り落ちる時を迎えたのである。
倒木となったブナの大木には、まだ緑色の葉っぱが残っていたけれど紅葉し落葉することなく枯れた茶色の葉っぱを付けたまま雪に埋もれていった。
崖と河原の間で数年間留まっていた倒木は或年の大水で浮かび上がり沢を跨ぐような格好で流木として移動した。水流でブナの樹皮は剥がれ枝の折れ口は磨かれて、太い幹と一番下にあった太い枝、根の一部だけが黒光りする巨大なオブジェとなった。麓からやってくるキノコ採りのおんつぁんは巨大な流木を乗り越えるのに苦労して舌打ちをしたけれど、キノコが生えていやしないかと下側を覗き込むのは怠らなかった。

平成27年9月に記録的な大雨がブナの森に降り注ぎ、想像を絶するような増水と水勢で巨大な流木は登山道の渡渉点の上流50mの辺りまで流されてきて、さらに28年9月の台風で渡渉点まで移動した。

これからどれくらいの時をあの場所に留まるのだろう、渡渉に都合の良い太い手すりとなって登山者の支えになるだろうか、流されてきた岩が下に詰まり小さなダムができて渡渉に向かない場所になるかも知れない。でも、いつの日かには腐食し分解して小さな木片や木くずとなって色麻大滝を下る。そして保野川から鳴瀬川へ、大崎平野を静かに流れて仙台湾で太平洋に流れ込む。
何百年か前に船形山の森で発芽したブナは、これから何百年か先には天然の有機肥料として海の生物や植物を育む。途中で水路に引き込まれて三本木の田圃を潤し稲を育むかも知れない。そんな時が必ずやってくるのだ。

保野川渡渉点に流れ着いたブナの大木、今は長い長い旅の途上なのである。



by mt1500funagata | 2019-07-20 22:30 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(4)

雨の朝、早朝5時に大滝キャンプ場を出発し、色麻コースを登り船形山の稜線を越えた。
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稜線上の御来光岩からクラビコースを下り、分岐を直進し御宝前コースへと進み、山形側の御宝前周辺の滝を見に行ってきた。

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クラビコース分岐より先は御宝前コースという登山コースとなっている道のはずなのだが、
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全行程がヤブこぎだった。上の写真は登山道を直進する僕の目線。

最初に降り立ったのは、御宝前大滝の「男滝」の前。
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以前、層雲峡からこの滝の前を通り、御宝前コースで山頂に向かった険しい登山道は、崖の崩落や倒木などで全然分からなくなっていた。所々に登山道の形跡は残るものの、ほとんどヤブこぎというか、木立につかまりながら急斜面を降りてきた。

御宝前大滝は、上部の落口が二股になっていて、こちら側が「男滝」で、反対側は「女滝」となる。
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かつて、雨ごいとかのときは、落ち口に石を積んで、「男滝」と「女滝」の水量を変え願掛けを行ったと聞いたことがあった。

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では、落ち口を見に行きましょう!ってことで、落ち口のある尾根へと乗り上げた。

この滝が落ちる沢を「五郎沢」といい、五郎沢の右岸から崖を登り尾根へ出た。相当ワルイ登りだった。
尾根に登れば眼下に沢の流れが見え、落ち口まではほどなく行くことができた。
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正面の岩の右側が「男滝」左側が「女滝」。なるほど!ここに石を積んだのね!

この沢を上流に向かうと二股になり、右股の出会いのすぐ先にあるのが「屏風滝」
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今日は、この滝は登らない。眺めるだけの僕。

二股へ戻り、左股を進む。するとやがて現れるのが「白糸の滝」
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先行する、今日の同行者の一人T澤君。
源流釣りのエキスパート集団「せんだい源水会」の中堅メンバーである。源水会のやってることは面白い!毎週のようにどこかの沢の河原でイワナを焼き酒を飲んでるらしい。
「せんだい源水会」のサイトはこちら→https://gensuikai.com/
最近、ご一緒する機会が増えた彼だけれど、なんか考え方っていうか、興味を感じるところが僕と似ているような気がする。
昨年の餌付けキツネの時も積極的に追い払いやエサの回収も行った。そして、こんな山頂を目指さない探検的な登山にものすごい興味を示しやってくる。

この滝は、およそ50年前に廃道になった登山ルートの一部で、僕もT澤君も、どこかに登山道だったことを示す痕跡はないか?ってことが、滝を越える事よりも大きな興味となっていた。
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白糸の滝上部に数メートルの錆びた鎖が残っていた。巻き付けられていたであろう鎖は50数年の歳月によって、ブナの一部と化していた。


白糸の滝を越え、適当な水線を辿って尾根へと戻る。
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ヤブこぎ
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ヤブこぎ
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ヤブこぎ三昧でクラビコース分岐へと戻り、稜線から色麻コースを下山した。
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御宝前大滝から御宝前コースへの登り下りって、道も崩壊していてホントに分からなくなってしまうと思います。
お気をつけください。


by mt1500funagata | 2019-07-06 23:51 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(2)

船形山 雨の色麻コース

雨降りの朝、昨年結成された船形界隈探検同人の面々は、大滝キャンプ場から色麻コースを登り県境を越え山形側まで足を延ばした。

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船形山では珍しく東からの強風が吹き荒れていた。

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この色麻コースは「分県登山ガイド 宮城県の山」で「広大な裾野のブナ巨木林と山頂の展望が魅力の山」と紹介された船形山の多数整備されている登山道の中でも最短で登れるコースとして案内されている。
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ガイド記事では、「見事なブナの巨木が迎えてくれる」とか「四季折々に美しさを見せるブナ原生林・・・」と言った言葉で称賛されるとっても気持ちの良い登山道であり、僕も大好きなコースである。
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このガイドブック巻末の著者紹介のページに、著者の一人が開設している「(続)東北の山遊び」というブログが紹介されているが、そのブログで船形山の記事を見てみると、そこには・・・
「いいとこ取りの大滝コース(色麻コースのこと)は、船形山の奥深い印象から逸脱している気がするし、何か裏口入学している気がして好きになれない。」
と書かれている。

おかしいと思いませんか?ガイド本で前述のような案内をしておきながら、「いいとこ取りで逸脱し裏口入学のようだ」って。どっちを信用すればいいの?個人のブログで個人的な感想を述べただけ?この項の執筆者は自分ではないので関係なく執筆した早川さん渡辺さんに対する敬意も持たず蔑ろにしてもいいの?

そのブログでは、この本の紹介もしているしブログ開設者が執筆した登山地図やガイド記事が掲載された山雑誌の紹介もしている。そもそも巻末のプロフィールでブログのことを掲載しているのだから、関係ないって言い訳は通用しないってことくらいは中学生レベルの思考があればわかることだと思う。
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疑問に思った僕はコメント欄を利用して、自分はどこの誰と身分を明らかにしたうえで、
①ガイドブックを購入し参考にしてこの色麻コースを歩いた人にどう説明するのか?ガイドブックに書いてあることと腹の中で思っていることは違うのか?
②栗駒山の中央コースのように最短で登れるコースも同様に思っているのか?違うならば何故この色麻コースに限るのか?
③このコースを整備したり愛おしく利用している人たちに対して無礼な表現とは思わないのか?
と自分の不愉快な気持ちを伝えるとともに、概ねこの3点の真意を問う質問してみた。同様の感想や疑問を持った方が複数いたので、個人あてのメールではなく公開質問状のスタイルに乗っ取ってのことだったけれど、ブログ主にその意図は伝わらなかったようだった。
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返信コメントはすぐに頂いたのだが、
質問に答えるどころか質問を批判と受け取り、体力のない登山者の「安近短」な登山が一部の登山道の荒廃を招くとか、ガイド本とは違う個人の指向であるとかと言い。逆に僕がブナの会の活動として行っている薪の荷揚げについて自慢しているだとか参加しない人を見下しているとか捨て台詞を残し、一方的に議論をシャットダウンしてしまった。

更に後日、僕の質問コメントは削除され、
「私が記載した私見を前後の文脈も考慮せずに糾弾し、私の人間性まで否定するようなコメントが入っていたため、本ブログ規約に乗っ取り削除させていただきました。
尚、今後はそのコメントに関する議論を戦わせるつもりは一切ございません。
これ以上ネット私刑的な行動に出られるのであれば、法的に対処させていただきます。」
と追記がなされ、現在も残されたままである。
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僕が公開質問状の書式でコメントした質問が歪曲され、僕が悪者扱いされているのである。

相手にしなさんな!

そう言ってくれる人も多くいるけれど、ウソの表現で悪者扱いされた僕の気持ちが晴れることはない。追記の文言で削除されたコメント主である僕は忘れることが出来ない。思い出せば身体が震えるほどの憤りを感じながらこの半年を過ごしてきたのである。

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半年ぶりに歩いた色麻コースを題材にした記事を書くにあたり、僕の怒りの気持ちを表さない限り書くことは出来ないと思った。

もちろん、当該ブログが全くの個人的な趣味の範囲で作られているものならば、考えや表現方法なんかは人それぞれ違うって思う事が出来るだろうし納得できなくてもこうして顛末を書くことはしない、ブログのタイトルを名指しすることもしたくない。しかし当該ブログは、ガイド本の著者で、多くの登山愛好者に強い影響力を与えるいわゆる「準公人」であり、山岳ライターの仕事で収入を得ているとブログ内で公言している(本業ではないにしろ)山岳ライターが開設しているブログなのである。さらに自分の著書の価格を表示し「書店や登山用品店、ネット通販でお買い求めください」と営利を目的とする一面も持ったブログでもある。
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この記事が、追記の一文にあるような「ネット私刑」(なんのこちゃ?)に該当し法的対処をするというのであれば、すればいい。ご自身で議論を戦わせるつもりはなく、公の場で戦いたいと言うのであれば、僕には戦う準備は出来ているし、この歳になれば親身に力になってくれる法律家の知人の一人や二人はいるものだ。
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こうして、あるブログのタイトルを明示しこんな記事を書くという事は、僕にとっては自分の名誉を守るための戦いであります。ご意見や異論反論にも耳を傾けたいと思うし、意見を聞く耳を持たず一方通行で終わらせるなんて卑怯なこともしたくありません。そして、もしこの記事が問題で批判を浴びることになれば、楽しみにしてくださっている読者の方には申し訳ないけれど、全てを釈明したうえでブログを廃止するくらいの心積もりは持っています。

戦うという事は自分もリスクを負うことを辞さない、それくらいの覚悟を持たなければならないと思っています。


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帰り際に立ち寄ったモリアオガエルが生息する沼では、産卵真っ最中のカエルを見ることが出来た。
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卵から孵ったオタマジャクシが落ちて行く沼の中では、アカハライモリが生まれたばかりのオタマジャクシを狙って待ち構えている。モリアオガエルも生死を懸けた戦いの中で生きている。

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上記、記事の中でのコメントのやり取りは、かなり要約したものです。要約では言葉足らずであったり、誤解を生むことになるかもしれません。削除されたコメント全文を再生し記事にされているブログがありますので、リンク貼っておきます。ただし、コメントの再生ログ部分以外のブログ主様の主張している意見や記述について、僕自身が同調するとか異論を唱えるとか一切関与するものではないとご承知おきください。






by mt1500funagata | 2019-06-15 23:33 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(7)

朝から雨。
僕は喜んで山に向かう。
最初に向かった先は・・・
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モリアオガエルが繁殖する沼。

今の時期、こんな雨の日はモリアオガエルにとって最高の日和。
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沼のほとりの木の枝には数え切れないほどのモリアオガエルの姿が見られた。

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大きいのがメスで、オスが群がって抱きつき白い泡を作りながらその中に産卵する。
メスの周りにオスが集まりメスが産卵を始めるのをじっと待つのだけれど、気の早いヤツはもうメスに抱きついてしまっていた。

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雨の日を天気が「悪い」と言うのは人間にとっての話しで、モリアオガエルにとっては「良い」天気なのですね。


今年も元気にモリアオガエルが沢山の子供を産めることを願いながら、次の目的地である升沢小屋へと足を向けた。

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平成18年11月に完成した升沢小屋。
僕は平成14年に発足した「升沢避難小屋建設検討委員会」のメンバーに召集され、完成と同時に管理人を委嘱された。

入り口につるされている鐘は、不動石の鳥居再建に尽力した地元の船形山岳会を中心とした賛同者の寄付によって購入寄贈されたもので、「船形の鐘」という正式名称があるのです。
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「船形の鐘」

この山を幾度訪れただろう

残雪を踏みしめ、ケモノの足跡を追いながら
ブナの森に迷い込む
前船形の見える鳴清水に着くころ
白峰の頂が早く来いとささやく 三月の船形

むせ返る新芽のにおい、コブシの白、紫ヤシオのうすむらさき
沢に残る堅雪にステップを刻みながら
全てが新しい季節を謳歌するように
一斉に山が目覚める 五月の船形

したたり落ちる汗が、飛び跳ねる岩に染みる
お沢掛けの厳しい登りを終えると、千畳敷から
見わたすはるかの山並み、はるかの平野
稜線の吹くそよ風はもうすぐ 八月の船形

里は暑く、稲穂が色づく頃、山の頂はもう
錦秋の装い、色づく葉はあっという間に
高度を下げ、里の山々が華やいだころはもう
幹の白い色だけが冬支度を始める 十月の船形

山に居れば里を想い、里に居れば山を想う
冬風のごうごうと鳴る音は、心を鎮め
船形はこころの和むところ

山を鎮め、心に響け、船形の鐘

===平成18年11月4日 賛同者一同===
(升沢避難小屋落成式にて)

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小屋の中に飾ってある旧升沢避難小屋のお別れセレモニーの時の写真。今日はその日(平成18年6月25日)と同じシャツを着て来た。升沢小屋に行けば14年前の僕を見ることが出来ると言う訳ですね!

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小屋には、こんな注意書きが貼られている。2番目の長期滞在云々って、何で???って思われる方も多いのではないかと思いますが・・・、いたんですよー、旧升沢小屋に。僕も一度会ったことがある。旧小屋は暗く、中に入っても目が慣れるまでははっきり見えないほどだった。お昼前くらいだと記憶しているけれど、暗い小屋の奥でシュラフに入っている人がいた。もしかして・・・って一瞬動揺したけれど、その人は生きていた。あとから思えばその人が長期滞在者だったのだろうと思う。まあ長期って言っても1ヶ月から2ヶ月くらいだったと思う。旧小屋には薪ストーブもあって非常食の乾パンとかも置いてあって、僕も荷揚げ要員の一人だった。乾パンを食べ、通りすがりの登山者から食料を分けてもらい、時には里に下りて僕の住む吉岡の町で買い物もしていたらしい。どう言う事情があったのかは分からないけれど、いわゆるホームレスとは違ったタイプだった。
そして、その長期滞在者の存在は役場の知るところになり、警察も同行のうえ退去を促しに行った。もっとも悪い人ではないので素直に従ったそうなのだが、帰り際にグズグズしているから警察官が「早くしろ!」と言うと、「ゴミを集めているのだ、ゴミを持ち帰るのは山男のマナーだ!」と言ったとか。
尾びれのついた話しなのかもしれませんけどね~。


升沢小屋から戻ったら、今度はピンクの花(絶滅危惧Ⅱ)に会いに行く。
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この花も一昨年だったかな?偶然見つけた。
今年も咲いているだろうかって、とても気にかかっていた。

咲いていて良かった。たった一株で数か月間重い雪の下で命を繋いで来たというたくましさに感動する。
この花も前記事で触れているように盗掘が一番の外敵で、絶滅危惧種への道を歩んできた。
数メートルの積雪の下で生き抜く逞しさと人間の手によって絶滅の危機にさらされる脆弱さを併せ持つ花なのである。

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大切に見守りたい。

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こんな銀色の花も咲いていました。

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雨の森では嬉しい出会いがたくさんあった。

僕にとっても雨の日は、悪い天気じゃあない。



by mt1500funagata | 2019-06-08 23:55 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(2)

105歳のブナ林~商人沼

国道347号線、鍋越トンネル入り口から1Km ほど手前(宮城側)にとっても美しいブナの二次林が広がっているところがある。
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ブナの二次林はいろんなところにあるけれど、大正時代に伐採された記録が正確に残っている場所は少ない。
この森が一度伐採されたのが大正2年(1913年)のこと。

という事は、このブナの年齢は105歳という事ですね。
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僕が初めてこの森を訪れたのは、このブナたちが88歳の時。

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標高450m~500mくらいの所だけれど、こんな雪が残っているのを見ると、この辺は宮城県内でも豪雪地帯なのだなあという事がよーくわかる。

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まーー!とっても気持ちのイイブナ林だこと!

僕ら人間が木漏れ日の中を散策して歩くのにはとっても気持ちが良くて周りのブナたちも穏やかに立っているように見えるけれど、実はブナ同士の熾烈な生存競争が繰り広げられているところでもある。

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ブナ平のように巨木が多いブナ林は、もっとブナとブナとの間隔が広いですね。

ここのブナ林もこれから200年~300年に渡って弱いブナは淘汰され、生存競争に打ち勝ったブナだけが残り、ブナ平のような巨木の森を形成して行くのである。

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仲良く並んだ新芽の兄弟も
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まだ帽子が脱げない赤ちゃんブナも、よっぽどの幸運に恵まれなければ巨木に生長することは出来ない。

この森を歩いた人は口をそろえて言うだろう「うわー素敵ねえ~!癒されるわー!ブナの赤ちゃんカワイイわー!」って。
僕も言った。
自分たちは厳しい生存競争の真っただ中にいるにも関わらず、僕らに大きな癒しを与えてくれるブナたちに。


美しいブナ二次林を抜けた先には美しい沼が待っている。
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商人沼(あきんど沼)
御法度品を隠して鍋越峠を越えようとした商人が、ヤバイと思って商品を沼に投げ入れたからとか、番所で商人から没収した御法度商品を投げ捨てたからとか謂れののある沼だけれど、今日は穏やかに青空と周りの新緑を映しこむ美しい沼だった。

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by mt1500funagata | 2019-05-25 23:02 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(3)

サンタ、マグノリア、枝にいっぱいひかるはなんぞ
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天に飛び立つ銀の鳩・・・・ホオノキ(Magnolia obovata)

セント、マグノリア、枝にいっぱいひかるはなんぞ
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天から降りた天の鳩・・・・タムシバ(Magnolia salicifolia)

(けわしくもきざむこころの峯々みねみねに いま咲きそむるマグノリアかも。)う声がどこからかはっきり聞えて来ました。


そらいっぱいにきんきん光ってただよ琥珀こはくの分子のようなものを見ました。
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それはさっと琥珀から黄金にかわりまた新鮮しんせんみどりうつってまるで雨よりもしげって来るのでした。


雪がけてきたのでした。太陽たいようみがきたての藍銅鉱らんどうこうのそらに液体えきたいのようにゆらめいてかかりけのこりの雪はまぶしくろうのように谷のあちこちによどみます。
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「ほんとうにここはたいらですね。」
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「ええ平らです。けれどもここの平らかさはけわしさにたいする平らさです。ほんとうの平らさではありません。」

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「そうです。それは私がけわしい山谷をわたったから平らなのです。」

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「マグノリアの木は寂静じゃくじょうです。あの花びらは天の山羊やぎちちよりしめやかです。あのかおりは覚者かくしゃたちのとうとを人におくります。」

=※宮沢賢治「マグノリアの木」より=


日曜日に歩いた船形山升沢登山道。今日も歩いて升沢小屋まで行って来た。
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県が予定している事業の現地調査の案内役だった。
とは言っても、同行した人は気さくで、僕は堅苦しい立ち振る舞いをする必要がなかった。

登山口で一緒になった蛇ケ岳へ向かう山遭協大和支部のチバ隊長と瓶石沢まで一緒に歩き、久しぶりにゆっくり話すことも出来た。
不動石の鳥居の再建に尽力した船形山岳会では、大仕事を終えたヨコタ会長が勇退し新しくチバ会長が就任したとのこと。
山遭協大和支部の隊長もチバ、船形山岳会の会長もチバ、升沢小屋の管理人もチバ・・・って、船形山はチバばっかり!

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三光の宮付近のブナも薄緑に染まって来ました。




by mt1500funagata | 2019-05-18 22:13 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(0)

船形山中腹、小荒沢源頭付近に広がるブナの単相林「ブナ平」
ここに来るようになって、15年になろうとしている。
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そろそろ、僕にも黒森ブナ花染ブナの声を聞くことができるか?静かにブナ平で夜を過ごせば聞くことが出来るか?と思い、テントを担いで行って来た。

ブナの時間と僕らが時計で測る時間なんて比べられるものではない。
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時計もスマホも車に置いた。時計の時間に囚われない2日間を過ごすのだ。万が一の際の通信手段としてアマチュア無線のハンディ機だけはザックに入れた。

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登口付近は木々の梢が萌えだして、蝦夷春ゼミが鳴き始めるのもそろそろな感じがした。

鳴清水を過ぎ、標識プレート20番から登山道を外しブナ平へと向かう。
途中で跨がなければならない小沢2本と小荒沢もスノーブリッジも厚そうな所を選び、何とか残雪を繋いでブナ平へ入る事が出来た。
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ブナの森では世代交代が何百年というゆっくりした時間の流れの中で進む。

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ブナ平を守って来た精霊が宿る2本のブナ。手前が「黒森」向こうが「花染」

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黒森、花染が一目で視界に入る場所にテントを張った。
僕は、この2本のブナの間にテントを張ることが出来ない。張ってはいけない、何故か分からないけれどそう思う。

テントの設営が終わったら、ブナ平を隅々まで見て歩く。僕には、ほかにも思い入れがあるブナの大木があった。
「筋肉ブナ」とか「腹筋ブナ」と呼んでいたのだけれど、もう少し恰好いい名前がいいんじゃない?って言われて「金剛ブナ」って呼ぶようにしていた。根元から1.5mくらいのところで太い幹が下に向かい、それを筋肉の力でぐいーっと上に持ち上げている、そんな力強さが感じられるブナだった。
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折れていた。あんなに力強さを感じていたのに・・・・。何年か前には湾曲した太い幹に跨ってみたのに・・・。
折れた太い幹に触れると、春の日差しを浴びた木肌に温もりを感じた。

見渡す限りにブナの森が広がる。
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花染山の裾野にかかり傾斜がついてくるあたりがブナ平の端っこ。

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花染山と三光の宮を繋ぐ尾根に乗って、テン場へと戻った。

焚火を起こしながら、
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ホットイチゴワイン。ビールはテント設営の時からやり始めている。

夜の帳が下り始め、やかんに詰めた雪が湯気を出し始めたら、
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バーボンのお湯割り。

何をするという訳でもなく、ただ焚火の火をいじるだけの時間を過ごす。
時計を置いてきたから、何時間焚火の前に居たのかは分からない。

5月とは言え、雪の上の夜は肌寒い。
夕食はテントの中で、
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ポロネーゼにステーキ添え。腹いっぱい。

テントの外を見てみると、満天の星空だった。

腹いっぱいになったところで、シュラフにもぐり込んだら、目を閉じるのとほぼ同時くらいに眠りに落ちた。

そして、深夜。
目を覚ました僕はテントの外へ出た。もちろん何時だったのかは分からない。眠って数時間で目を覚まし0時前だったのか?あるいは深夜の1時~2時だったのか?

ブナ平はブナの梢の隙間から届く星明りで、うっすらとブナの姿がシルエットになって浮かんでいる。
ヘッドランプを灯してみると、明かりがちょうど黒森ブナと花染ブナに当たり、その2本だけがモノクロームで浮かび上がる。周りのブナは真っ黒いシルエット。

頭上に目をやるとブナの梢越しに満天の星空が広がっている。山のてっぺんで360度の星空を見たことはあるけれど、ブナの樹間に見える星空も心が震えるほど美しいものだった。

生活に追われ仕事に追われ、ひと時のくつろぎを求めてブナ平にやってきた僕の時間。数百年単位のブナの時間。気の遠くなるような悠久の宇宙の時間。そんなそれぞれの時間が同居した。そこで時計を見て今何時だろうなんて考えるのは益々ちっぽけなような気がする。やっぱり時計を外してきたのは正解のようだった。

写真は撮らない。そもそも星空の写真を撮れるようなカメラではないし、写真に残したから良いというものでもない。
このブログに載せるための写真を撮るために使う時間があったのならば、その分自分の目で見て心に記憶する時間に充てたいと思った。

風の音もなく、ブナの梢も微動だにせず、深夜一人たたずむ僕を周りのブナは無言で見下ろしていた。
僕にはまだまだブナの声を聞くことは出来ないようだ。

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次に目が覚めて、テントから起き出したのはブナの上部に朝日が当たり始めるころだった。

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昨夜の焚火を起こし直し、コーヒーを淹れようとしている時、遠くからクマの赤ちゃんが叫ぶ声が聞こえた。
子犬よりやや太い声で「ウァオーン~ウァオーン」と。その声はコーヒーを飲み終えるころまで聞こえ続けていた。

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朝ビールをやりながら、おかゆの朝食を済ませたあと、花染山の尾根を越え保野川のスノーブリッジを渡り、鈴沼まで行って来た。

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今まで鈴沼には何度来たかなんて覚えてもいない。でも来るたびに僕が見る鈴沼は今まで見たことが無い鈴沼なのである。

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花染ブナ

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黒森ブナ

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2本のブナに身体全体で触れ、僕の体温と鼓動を伝えブナの体温と鼓動を感じ取り、ブナ平をあとにした。

旗坂平には今年芽を出した、新しいブナ。
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ブナ平の老ブナも最初はこんな2枚葉の小さなブナだったことに間違いはない。



by mt1500funagata | 2019-05-04 23:03 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(2)

ミカンの皮を捨てないで

どうせ腐って土に還るものだから・・・
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確かにそうかもしれません。
でも、あとから歩いて来た人にとって快いものではないですね。

もし、次の人がバナナの皮を捨て、その次の人がリンゴの皮を捨て、ってみんなが捨てたら、山に生ゴミの山が出来てしまいます。

どうせ腐って土に還るものだから・・・って
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腐る前にネズミが齧ったら?ウサギが齧ったら?クマが食ったら?
ここいら辺の動物たちはオレンジなんて食ったことがない。
食べさせるべきではないと思いませんか?

山で食べる果物って美味しいですよね。
でも、食べるのだったら皮や種も持ち帰るようにしましょうよ。
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皮むいて持ってくるとか。

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4月13日(土)に船形山に登った人で、道中でオレンジを2個食べた人。
このブログ見てもらえますかねえ。
拾って来ましたよ。

升沢小屋にバイオトイレのメンテ資材を荷揚げして来た。
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先日降った雪のおかげで、真白な雪の上を歩くことが出来た。

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船形本山の絶景地。
その足元にオレンジの皮は落ちていた。

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雪の上を駆けて来たアカネズミが僕らに驚き、木の根の周りに掘った雪穴に姿を隠した。
もちろん、このネズミはオレンジなんて今まで食ったことがないだろうね。

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新しい鳥居の真正面に船形山頂が見えるのは、今の季節ならでは。

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鳥居には、ツキノワグマの爪痕があった。

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『なんだあーこれ?去年はなかったぞー』
って、柱に爪をたて鼻をクンクンさせて匂いを嗅ぐクマの姿を想像する。

クマはヒノキの匂いは知っているけれど、オレンジの皮の匂いは知らないはず。
教えないほうがイイと思いますけどね。

オレンジの皮も「ゴミ」です。
黙って拾って帰って来るのはやめました。せめてブログには書かせてもらいます。

13日に三光の宮入口と鳥居近くにミカンの皮を捨てたあなた!
僕が拾わなかったらほかの誰かが拾ってくるかも知れない。どうせ腐って土に還るものだけれど、腐りかけたミカンの皮が足もとに落ちてるって気持ちの良い事ではないですよ。


by mt1500funagata | 2019-04-14 22:42 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(4)

3月9日、船形山山頂へ
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標高1224m滝山岳山頂からの船形山は、いつもの見慣れた姿とは違って見える。

船形山に向かった理由のひとつは、小荒沢源頭部に広がる「ブナ平」の「黒森ブナ」と「花染ブナ」に会いに行くこと。
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20年近く前に僕は初めて訪れた。以来、船形山の中で一番好きな場所になりほぼ毎年やって来る。

僕らは勝手にこの地を「ブナ平」と呼び、2本の太いブナを「黒森」と「花染」という名前で呼ぶようになった。
船形山のブナを守る会の代表であり、詩人でもあるオヤブンが出版した詩集にこのブナのことを詠った詩が掲載され、
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詩集が国立国会図書館に所蔵されることで、歴史に名を残す場所になった。

僕はこの場所に若い世代の仲間を連れて来たかった。そして、この二本のブナのことを知ってもらいたかった。
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・・・老木に精霊みたりブナ平いつかは此処の下草とならん・・・
自分で描いた絵と共にこの一首を額に入れて家に飾っている。もちろん僕のこの想いは子供たちも知っている。
そして、一生の付き合いになると予感させられる若い世代の仲間にも伝えたかった。

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ブナ平を横切って花染山から続く尾根へと乗り上げる。

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暫く歩いたところで尾根を外し、湯谷地尾根へと向かう。

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地形図には表れない入り組んだ沢状の斜面を横切り、雪に埋もれた保野川を渡って、
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湯谷地尾根に乗って山頂へと向かった。

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良い尾根でしょ!けれど、この尾根を残雪期に歩くには時期の選定を誤らないようにしなければならない。
雪どけが進んでくると、保野川上部の雪の塊がブロック状に崩落し保野川は激流となり渡ることは出来なくなる。何年か前の4月だったと思うけれど、左岸の崖の上から激流となった保野川を恐怖心を持って眺めていたのは鮮明な記憶として残っている。

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尾根を登り詰めたところが標高1224m滝山岳。

ここから船形山山頂へ一直線で向かうから僕らはこのルートをダイレクトルートと呼ぶ。

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崖っぷちの急斜面を登り切り、秋には錦秋の紅葉の絶景である千畳敷に乗り上げれば、
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真正面に船形山頂。
ダイレクトルートと呼んでいるからには、ここから山頂へダイレクトに突き上げることになる。

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雲ひとつない青空に向かって山頂を目指す。

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右手の薬師森が目線の高さにまでなれば、山頂はすぐそこ。

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早春の澄んだ空気は遙かな山並みを美しく浮き上がらせてくれていた。

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こんな日は、どこの山に登っても素晴らしい展望が得られたことだろう。
でも、僕は船形山の山頂でこの展望を得た喜びに勝るものはない。

何故なら僕は、いつかはこの山の山腹に生える下草になるのだから。

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山頂避難小屋での一コマ。
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昨秋の升沢小屋のし尿おろしの際に立ち寄った山頂避難小屋でストーブの破損が気にかかった彼は、僕らが昼食の準備に取り掛かろうとしたときにザックから耐熱パテを取り出した。壊れているから修理してくれと、行政の担当部署にクレームを入れようとなど思う気持ちは一切頭になく黙って補修材料をザックに忍ばせて来た。
彼は僕よりずっと若い。こんな若い世代の仲間のいることがとても嬉しかった。



by mt1500funagata | 2019-03-09 23:53 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(0)

久しぶりに山に行って遊んできた。
ここ1ヶ月ほどブログの更新をしていなかったので、心配してくれた方から何通かのメールをいただいていましたが、何のことはなく、2月の休日は山以外のことに使う事がほとんどだっただけで、ブログ記事を書くネタがなかったって言うだけのことでした。お気遣いいただいた皆様には深く御礼申し上げます。

さて、行って来たのは船形山麓の升沢遊歩道ってとこ。遊歩道とはいえ何年か前にはヘリコプターが2機も出動する遭難騒ぎが起こるほど、積雪期には分かりにくい地形の場所。そんなところを自分なりにもっと楽しむためのルートを設定した。

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正面の崖は「割山断崖」といって数十メートルの断崖を見上げて歩く遊歩道の見どころのひとつ。今回はこの断崖の上を歩くことを目的としてやって来た。

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廃道となった旧遊歩道への入口は三本松。ここから荒川本流を渡渉し、まずは僕の神様がいる「しょい滝」へと向かう。

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秘密のアイテムを装備しているので、登山靴のままでじゃぶじゃぶ川を渡れる。

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「しょい滝」のかかる沢が割山沢で、現在の遊歩道で一番の見どころとなっている「割山大滝」も、この沢の途中。

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「しょい滝」を大きく高巻いて割山沢に戻り、ちょっと沢沿いに遡行すれば、
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冬でも凍らない「湯沼」。

ここから断崖の上部に向けて尾根に上がる。

今の時期にしては、雪が少なすぎる。
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でも、尾根にはまだ雪庇が残り、快適な雪庇尾根の歩きとなった。
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断崖の核心部の手前は、訪れる人はほとんどいない静かなブナ林。

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広々とした尾根がだんだん狭まって来て、断崖上部に近づいてきた。

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ご覧の通りのヤセ尾根。
年末のラッセル三昧を僅かな距離ではあったけれどご一緒したH君も今回のメンバーに誘った。彼はまだ経験が少なく、バリエーションルートでの山歩きは初めてだと言う。今回、彼を誘って良かった。登山道を離れ地図を読みながら歩くのを楽しい楽しいと言い、ピークハントの山登りではないけれど自分でルートを探しながら歩く楽しさも感じてもらえたようだった。

ヤセ尾根の危険個所を避けてルートを取れば、
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今度は尾根の谷側の急な登りが待っている。

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尾根に戻れば視界が開け、断崖の上を歩いていることが実感できるようになった。

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ここからの船形連峰の眺めは一級品。僕のヤッホーは三峰山から船形本山へと回り込み前船形山をかすめて割山断崖へと戻って来た。

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この辺りが、最初の写真に見える割山断崖の核心部。

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雪面には、あっちへ進めと?誰かさんが矢印を残してくれていた。ヤマドリさんだね!

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高い所と急斜面、ヤバそうな所が大好きな登山女子のY子さんは、こんなルートが大好き!

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僕とY子さんは、この断崖の二つのピークをつなぐ尾根を歩くのは3回目になるけれど、しょい滝からこの尾根をつなぎ周回するのは初めてだ。今回ここを選んだのは、部分部分では歩いたことのある個所をつなげるってことが一番の目的だった。

この核心部を過ぎれば、あとは緩やかなアップダウンの地形のスノーハイクみたいなもの。

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ドンピシャで割山大滝の落口へ。
大滝の下部には雪上キャンプの形跡が残っていた。僕らの山仲間でもあるT君たちのグループが、昨夜ここでキャンプする話は聞いていたけれど、予定通りだったようで、彼らの山遊びも抜群に楽しそうだ。

僕らも割山大滝を下降したあたりで、雪上の釜揚げうどんを頬張った。
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雪の上での食事は釜揚げうどんが持ってこいで、簡単だし美味しいし、何より食材費が安い!一人2玉以上のうどんでお腹いっぱい食べて、割り勘の食材費は300円に満たない。キュウリとミョウガ、それにツナ缶を持っていけば、うどんを湯どおししただけで、とっても美味しい昼食となる。

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食後は、H君の地図読みの練習。今回GPSは一度も使わなかった。こうして地形図と地形を照らし合わせコンパスで方向を決めることが楽しいのであって、誰かさんが歩いたGPSログの軌跡を追いながらGPSやスマホの画面を見ながら歩くことに僕は価値を見出せないし、自分でルートを決められない人は一般ルートから離れるべきではないとも思う。だから僕は、登山道以外のルートでの山歩きのGPS軌跡をブログとかで公開する理由が分からない。ましてや公開しておきながら「このルートはバリエーションルートなので危険です」なんて注意書きを入れるなんて益々意味が分からない。けしからんと言っている訳ではなく、分からないと言っているのです。公開する理由をどなたか教えて頂けませんかね?(前人未踏の沢や相当高いレベルの技術が必要な急峻な山岳でのことだったら分かりますが・・・)

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氷結した「すりばち沼」を経由し、残りはほぼ最短ルートで現在の遊歩道と合流して、
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五宝橋を渡って周回を終えた。

下山して、沢渡集落まで下りてきたら
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福寿草が、もう春なんだよわって出迎えてくれていた。




by mt1500funagata | 2019-03-02 23:21 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(4)