カテゴリ:船形山界隈( 72 )

船形山 升沢避難小屋の冬支度に行って来た。

大滝キャンプ場まで行けるかなあ~?
旗坂キャンプ場までの県道もすっかり冬の景色に変わっていた。
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小荒沢林道には前日に走ったと思われる車の轍が付いていた。
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この週末が小荒沢林道を走れるラストチャンスになるだろう。

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まだ冬ごもりしていないツキノワグマ。
この辺のクマは12月になってもウロウロしているヤツがたくさんいる。

何とか大滝キャンプ場の入口までジムニーで行くことが出来たけれど、ここから先はちょっと厳しい。
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色麻大滝の東屋跡にジムニーを停めて、キャンプ場へ向かう舗装道路から歩き始める。

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舗装道路を横切るツキノワグマの足跡。

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もののけの木(シナノキ)

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先週は探検隊の面々が集合した駐車場もご覧の通り雪に覆われ、来る人もいなくなった。

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三光の宮へ向かう、保野川渡渉点。

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副蹄がはっきりしたイノシシの足跡。

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積雪は20㎝くらいだったけれど、今季初の雪道歩きは結構大変だった。

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今年再建された鳥居。僕はこの先、何度この鳥居をくぐることになるのだろう。

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予定の時間を大幅にオーバーして、やっと升沢小屋へ。
昨夜、この小屋に宿泊した人がいたようで、その方の下山のトレースのおかげで、三光の宮からは幾分楽をすることが出来た。

まあ、今日は遊びに来た訳ではないので、さっさと冬支度の準備をする。
トイレの天井にしまっていた、窓の囲い板をおろして雪囲いをし、バイオトイレのオガクズ全交換を行う。

シーズン中は毎月一回、便槽内の水分除去をし、乾燥オガクズを補充しているけれど、年に一回はオガクズを全部交換するのですね。利用者が少なくなり、凍る前ぎりぎりにするようにしている。
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これ、完全手作業です。便槽内には撹拌するためのスクリューがあるので、バケツとかで一気に取り除くことは出来ない。直径20cmくらいの柄杓でスクリューの隙間から何度も繰り返し少しずつ取り除いて行く。

そーするとですよ!女性が主に使用する例のモノがオガクズの中から出て来る訳ですよ!一つ二つではないですよ!トイレの室内にも張り紙がありますけど、捨てる人っていなくならないものなんですね。もちろん、このブログをご覧になっている方には居ないと思いますが。

今年の分、21袋の土嚢袋に入れた、し尿オガクズを来年の秋まで乾燥させて担ぎ下ろす。


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なるべく臭いを残さないように、下の沢から何往復かして水を汲んできて、土嚢袋に水をかけ流して作業は終了。月イチの水分除去だけなら、時間もそれほどかからないけれど、全交換となれば結構な時間を費やす。

下山時の保野川近く。
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この中に3匹のイノシシが写っているの分かりますか?


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三光の宮から大滝キャンプ場までの間には、イノシシの痕跡が至るところにあり、千本松山の近くではイノシシの「ブヒーー!!!ブヒーー!!!」って云う雄叫びも聞こえていた。
里の方から、だんだんイノシシの生息域は上昇していて、「登山道にもイノシシの痕跡があったねえ!」なんて言っていたのは一昨年の話し。それが今や登山道上にイノシシがいるのは当たり前になった。先週も記事には書かなかったけれど、渇水の鈴沼のほとりにはイノシシの痕跡がそこいらじゅうに残っていた。

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今日4頭目のツキノワグマの足跡。

冬が訪れた船形山で、今日出会った「人」は2人。出会った「イノシシ」は4頭。出会った「ツキノワグマ」は3頭。
人よりもケモノのほうが多く出会った船形山だった。

出会った3頭のツキノワグマは親子連れ。僕らの30mくらい先にいて、僕らの姿を見つけると急な斜面を下り沢のほうに駆けて行った。
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(参考画像:昨年11月25日に出会った親子グマ)
母グマのあとを追って一生懸命に走る子グマを見ていると、とても可愛らしさを感じるけれど、僕は同時に切なさも感じる。
その子グマが母の温もりを感じながら一緒に眠ることが出来るのは、この冬限りのこと。彼らは、たった一年だけ母と一緒に冬ごもりをし、来年には母と離れ、独りで厳しい冬を迎えなければならないのである。生まれてから1年半の間に独りで生きて行く術の全てを身に付けなくてはならない。野生に生きる動物の生命力に胸が熱くなるような感動を覚える。

反面、いい年をした人間の行いには腹が立つこともある。(もちろん、ごく一部の人ですけど)
張り紙を無視して、トイレに余計なモノを捨てる人もいれば・・・
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小屋に自分が飲んだワインボトルを置いて帰る人もいる。
「山小屋で飲むワインはサイコーだね!」とか言って、里で得意になって自分は山好きで自然を愛する人間だ・・・みたいなフリしてるのかと思うと、余計に癪にさわる。
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癪に障ったから、小屋ノートに↑こんなふうに書いてきた。
怒って書いてもイイですよね?今までは、黙って回収してきたけれど、僕は餌付けキツネの件で学習した。訴えなけれは気づかない人もいるってことを。
こういうことは、黙ってやることだけが美徳じゃないと思うようになった。



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by mt1500funagata | 2018-11-24 22:54 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(8)

船形山、標高1300m付近にある「水琴の滝」
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船形山山頂直下を水源とし、この水琴の滝を流れる時にだけ姿を現す幻のような伏流水。

黒い一枚岩を流れたその水は沢となって流れを作ることはなく、ほんの僅かで姿を地中に隠す。
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僕は初めて水琴の滝と出会って以来、この水が地中を流れ鈴沼の水、人命水になるのではないかと思っていた。

地中へ消えた水の跡を追って水線を忠実に辿り下降すれば、鈴沼の源頭である・・・
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「鈴の泉」に行き着くのではないかと思っていた。
*下記の関連記事参照

この探検を実行する機会がやって来た。
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メンバーが揃った。左から僕、高い所と急斜面ヤバそうな所が大好きな登山女子Y子さん、源流釣りのエキスパート集団である仙台G会の中堅T澤氏、薪荷揚げでは参加者一の重荷を背負ったパワー抜群のヤブこぎ要員U沼氏である。

大滝キャンプ場から色麻コースを登り始め、眺望所の少し先にある涸れ沢から登山道を離れ、涸れ沢を遡る。
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登山道は涸れ沢を横断し真っ直ぐに進むが、交差する涸れ沢の上下を探索するのが今日の目的。
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少し遡ったあたりで小雪が舞った。

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途中には、旧山頂小屋の赤いトタン屋根の残骸がいくつか落ちていて、大雨の時や雪解けの時には山頂から水が流れて来ることを物語っている。

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今の季節ならでは見通しも良く虫の攻撃に悩まされることもなく快調に高度を上げる探検隊。

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そして間もなく、雨の日には大量の水を落とす幻の滝(仮称)。今日は滝ではなく崖。
*下記の関連記事参照

手がかり足がかりともに問題なくフリーでも十分登れるけれど、この崖を越えるつもりならばロープと下降器とかある程度の準備は必要になる。この崖を越えてしまえば、水琴の滝はもうすぐ。

今朝がた降った雨の影響だろう、初めて来た時よりも流れ落ちる水の量は多かった。
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この岩盤と重なっているような岩盤の隙間にも水が流れているのだろう。岩の隙間に耳を近づけると、岩の奥の方から水の流れる音が共鳴しているのが分かる。岩の中から流れる音が聞こえてくるから、この滝は「水琴(すいきん)の滝」
*下記の関連記事参照

岩盤の上部にある岩から滴り落ちる水の量より、流れ落ちる水のほうが多い。という事は上部の岩の下にも水があるのかもしれない。岩の下から水が湧いているのかも知れない。僕らは知りたかった。運動神経抜群のU沼氏が探りを入れるために岩盤に取り付いてみたけれど、今日のところは止めにして次回の課題として残した。この滝を越え上部を確認し山頂への最短ルートを探るのである。

次回の巻ルートの検討を終え、ここから鈴沼へ向かって下降を開始した。
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こういった探検では懸垂下降は、参加の必須条件となる。

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朝日や飯豊の源流を闊歩しているT澤氏はお手の物。

登山道まで戻り、今度は登山道を横切り、涸れ沢を下る。
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両岸は切り立っていて、大水がでた時には激流となるであろう痕跡はいたるところに見られた。
クマの糞も3つ目くらいまでは数えていたけれど、かなり頻繁にあるので数えるのは止め、つい先ほど齧ったようなナナカマドの実を見て足跡を追いかけるように下降を続ける。

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この涸れ沢はケモノも良く使っているようで、崖の斜度が緩い所には新しいケモノの足跡がいくつもあった。

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そろそろ泉も近いんじゃない?なんて言いながら忠実に水線を辿って来たのだけれど、泉に行きあたることはなかった。

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氾濫原のような地形のブナ林の向こうに鈴沼の水面が光っていたのである。

あれ!?水琴の滝の下部で地中に消えた水は何処へ行ってしまったのか?
過去の記憶をもとにヤブをこぎ、鈴沼へ流れ込む沢に出た。
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水線を辿って下降してきた僕らのルートとは、全く違う方向から沢は流れ込んでいた。

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沢を遡り鈴沼の源頭である「鈴の泉」に行った。

僕が思っていた水線を辿れば、ここへ着くという考えは間違っていたということ。

雨が降り、大水が出た時には涸れ沢(窪地地形)に沿って水が流れるのは道理であるけれど、伏流水は地表の起伏や地形とは関係なく、地中に複雑な水路を持ち網目のように流れているのではないかと想像した。

何年か前から思っていた、水琴の滝から鈴の泉までの伏流水の流れは予想とは違った結果であったけれど、こんな結果も道具と地形図、記憶経験に頼り「他人様からの情報」や「機械」に頼らない探検の楽しさである。

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もうすぐ雪と氷に覆われる鈴沼を後にし、大滝キャンプ場の小屋で遅い昼食とした。

朝、行きがけにキノコ畑に寄って収穫してきたムキタケとナメコで、
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ムキタケ丼。

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ナメコ汁。

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探検も楽しかったし、山メシも美味かった。

====関連記事====









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by mt1500funagata | 2018-11-17 23:21 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(0)

今日は、当ブログでメンバーを募った升沢避難小屋バイオトイレのし尿オガクズ降ろしの日。
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雨で強風の天気予報だったので、来る人いるのかな~?って思いながら旗坂キャンプ場から小荒沢林道へと車を進めた。

花染山支線分岐付近に10月1日~2日の間に発生した倒木。
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3日の早朝、先輩の大和町Kさんが発見し、直ちに森林パトロールとして宮城県北部森林管理署に報告。数日かかると思っていた倒木処理だけれど、なんと!その日の午後には終了した。Kさんと森林管理署の迅速な対応があったおかげで何事もなく通行できるようになったという経緯がある。

雨の大滝キャンプ場には既に先着している人もいて、升沢小屋合流組と合わせて11名の参加者が集った。
初対面の方もいたけれど、この雨の中をここまでやって来た皆さんは、あまり雨を気にしていない様子だったので、山頂経由で升沢小屋を目指すことにした。稜線での強風は織り込み済みだったけれど、結果的にはそれほど強い風ではなく、普通のちょっと天気悪い山って感じだった。

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登山口を出発してすぐ、三光の宮分岐手前にある倒木。うまい具合に立っているけれど、これは立っている倒木。手ノコで処理できる枝は払い落され歩くのに支障はないけれど、この処理も先輩のKさんが一人で行った作業なのである。決してひけらかすことなく黙々と倒木の枝を払い、あとから来る登山者の為を思って作業するKさんの姿を想像する。僕はこの先輩のKさんを尊敬している。

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今は藪に覆われている湯谷地から続く窪地状の旧登山道などの話をしながら、ゆっくり歩く。

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小野田コース分岐の手前にある「夫婦岩」。手前のブナに錆びた矢印の標識が付いているのが分かりますか?窪地状の旧道から尾根筋に入り、この夫婦岩の間を通るのが旧道だったことが偲ばれる名残の標識。こういう名残を見つけながら、昔の人々が船形詣でで歩いた道、現在の登山道を整備した人たちの想いやご苦労を僕の知る範囲で、より多くの方へ伝えて行きたいと思っている。

そして、避難小屋の管理人としてお伝えしたいのが、今日のテーマであるバイオトイレのこと。
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写真の下部にドラム缶がありますね。これは山頂避難小屋のバイオトイレの仕組みには欠かせないもの。
升沢小屋のトイレがオガクズを利用し、分解・蒸発を促す乾燥式であるのに対し、山頂小屋のトイレは水を利用した浄化方式であることの違いがあります。トイレ使用後にドラム缶にためた雨水をバケツ1杯分くらい流すことで、糞尿は小屋の外に作られた浄化槽に流され、そこで沈殿・濾過し処理しているのです。なので、山頂の小屋に宿泊した際には、帰り際にバケツ2杯分くらいの水を流して頂くと良いのですね。(凍らない時期に限りますが・・・)

心配していた風雨も大したことはなく、山頂を後にし沢を下り升沢小屋へ。

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トイレの作業の前に昼食。
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セリ鍋風煮込みうどん。


升沢小屋のトイレは、オガクズを利用したバイオトイレ。
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地下のピットにある便槽ですが、簡単にいうと糞尿に含まれる水分をオガクズが吸収し炭酸ガスを蒸発させて微生物が分解する仕組み。トイレ個室にあるハンドルを回すことによって、チェーンで連結された中のスクリューが回転しオガクズを撹拌し分解機能を維持するのですね。月イチのメンテナンスはオガクズの含水量を減らすために、水分を取り除き乾燥オガクズを追加するという作業。
ここで再度確認・・・山頂小屋トイレ→水を流すOK  升沢小屋トイレ→水を流すNG

今日担ぎ降ろすし尿オガクズと言うのは、昨年のメンテで水分と一緒に取り除いたものと冬支度に合わせて全交換した含水オガクズを1年間放置乾燥させたもの。
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このような作業の一連を参加してくれた皆さんにお見せすること、こうしてブログで公開するのは、自分たちがやっていることを認めてもらいたいとか褒めてもらいたいとか、そんな安っぽい気持ちではないです。どこの山小屋の管理人さんも進んでトイレのメンテの話しなんてしない。でも、決して表には出さない裏側でこうした作業を黙々とやっているのですね。

だから僕は利用料のかかる山小屋で、管理人がいなかったのでタダで小屋に泊まれたなんて話を聞くと腹が立つ訳です。協力金BOXに入れて来ましょうよ。
快適に使わせてもらっているトイレだって自然にきれいになる訳じゃない。
トイレだけの話しじゃなく、冒頭の林道の倒木も登山道の倒木も、処理してくれる人がいるから僕らは快適に登山を楽しむことが出来るという事を知る必要があるんじゃあないかと思っているのです。

今日参加してくれた女性の一言。「私は知りたかった。知ることが出来て良かった。」

皆さんの協力を得て、し尿オガクズは全て担ぎ降ろすことが出来た。
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あとは雪が降り始めのころ、凍結する間際に便槽内のオガクズを全交換するだけ。これらの作業は僕が年を取って引退したあとも小屋がある限り、バイオトイレを利用する人がある限り誰かがやり続けなければならない。




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by mt1500funagata | 2018-10-27 22:43 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(4)

10月8日 沢渡黒伏山頂の天狗岩から船形山を望む。
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舩形連峰御所山案内(昭和47年発行、船形連峰御所山開発促進期成同盟会)
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「黒伏山の伝説」という一項がある。


・・・・・黒伏山の伝説・・・・・

黒伏山は、約1,400年前の開山といわれております。
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黒伏山は海抜1,300メートル(注:正しくは観音寺黒伏1,226m、沢渡黒伏1、235m)で二つの峰から出来ており、北の峰が沢渡黒伏で大昔から霊山として広く世の信仰を集めておりました。地方の神々のなかでも名高く、100年余り前から(注:1000年の誤り?)修験者など参籠する者が多く参拝者は行列をつくるほど、賑わいをきわめたところだと伝えられております。



明治になってからも年一回の祭典は社務所で行われておりました。
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この山は、山全体が岩山でできており、神社から沢を500メートルくらい登ったところ、左山道にかかり、50メートルくらいで御穴口(洞くつ)に達します。
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洞くつの入口は狭いが、
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胎内額面岩を過ぎて
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30メートルくらいのところに日点日点(注:意味不明、ご存知の方コメントください)があって、
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大穴牟知の神(注:大穴牟遅神(おおなむちのかみ)のこと?大国主命の別名?集落からここへ至る道沿いの沢を遅沢というが、牟遅神から由来するのかも知れない)、少那彦名神を祀る神秘的な洞穴です。
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洞穴の上の岩を薬師岩、
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普賢岩、
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熊野権現岩といい、
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そこを過ぎて頂上の天狗岩に達し、
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東沢向かいに大国岩見ることが出来ます。(注:東沢がどこを指すのか不明だったため下の写真が大国岩であるかは不明)
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そこには天照大神、春日大神、八幡大神が祀られております。


洞穴にはその昔、道知法印が奥深く入っていったと伝えられております。
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(注:僕のヘルメットに貼ってある梵字、右が不動明王、左が僕の生まれ年の守護である千手観音)


高知法印が黒伏山を去る時に「洞くつの奥深くに道知法印が金の杖をもって立っており、その前に金網が張られており、奥には龍が七巻している。」と言いのこして去った。
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この洞くつは昔は女人禁制になっておりました。この洞くつに入って参拝祈願した者は、その霊験によって年中無病息災で過ごすことが出来、災難にあうような場合は必ず知らせがあると言われる霊験は神であると言われております。

・・・・・・・・・・
以上が、「黒伏山の伝説」でありますが、次の項には「御穴の伝説」というのがあって、

明治32年ころの話として、利吉さんという人が行者の頭である源治法印と相談して最奥のご神体を拝みに行こうと試みた。二人は一週間穀と塩を断ち精進潔斎し穴の奥へと向かったのだが、途中で行き会ったほかの二人に強引に頼まれ同行を許してしまう。穴の奥には道知法印が金の杖を持って立ち七巻の竜がいた。さらに奥へ進もうとするとき、同行の二人が動けなくなり引き返したところ、源治法印に神がつき「みだりに人を同道するとは何事だ」と怒られてしまう。後日、源氏法印が一人でお詫び参りに穴に入ったところ、戻ってきた源治法印の袖には三本の爪の跡がついて裂け、顔にも三本の竜の爪痕が残っていた。その法印の話が村人たちに伝わり、御穴には誰も入らなくなったということです。

と、ある。これが、写真の祠より奥へは入っていけないと言い伝えられている所以なのかも知れない。

・・・・・・・・・・

沢渡黒伏は、山登りを楽しむって程度の感覚と技量で登れる山ではないと思う。
登山道は整備されておらず、途中鎖場はあるけれど他はかすかな踏み跡とまばらな目印のテープと赤ペンキがあるのみ。斜面は急で直登もトラバースもどこで滑落してもおかしくない。実際に滑落による死亡事故も起きている。

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下山は懸垂下降のほうが安全で楽な場所もあるほど。

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この警告看板は伊達じゃあない。



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by mt1500funagata | 2018-10-09 07:28 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(9)

船形山のアマツバメ

アマツバメってカッコいいなあ~!

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僕は、ツキノワグマを見るのも好きだけれど、アマツバメを見るのも好き。
船形山の山頂付近では、飛翔速度が時速160㎞以上にも達する鳥類最速の部類の鳥を間近に見ることができる。

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今日は大滝キャンプ場を起点に升沢避難小屋から山頂をぐるりと回って来た。

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目的は、来週行われる船形山のブナを守る会の山頂小屋への薪荷揚げ山行の下見と升沢小屋周辺の草刈り。
今回もエンジン草刈り機を担ぎ上げた。同行のY子さんと作業を進めていたところに逆回りで笹を刈りながら山頂を回って来たKさんが合流した。Kさんは僕が尊敬する先輩で船形山登頂は1000回に及ぶ。ザックには草刈り鎌や枝打ちハサミ、ノコギリが常備されていて、ゴミを拾い、倒木や藪の処理をしながら常に船形山のことを思いながら歩き続けている。

だいぶ、きれいになりました。

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山頂手前の千畳敷辺りから振り返ると、こんな感じ。
来週あたりが紅葉のピークになるのではないかな?と思うけれど、あまり期待しないほうが良いかもしれない。
ただ、ナナカマドの実付きが素晴らしく豊富だった。

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稜線が近づくにつれ、上空を飛び回るアマツバメが目立ち始めた。
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稜線上でアマツバメの飛翔を眺めている僕の目の前1mをアマツバメが、シャーーーーって飛んで行く。
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尾翼を閉じ、直線的にシャシャシャーーって飛んだと思うと、尾翼をパッと開いて下に向けブレーキをかけてキュッと方向転換する。この瞬間に飛んでいる昆虫などを捕食するのだろう。いつもながら昔見た映画のトップガンを連想する。

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アマツバメの飛ぶ姿を眺めていて飽きることはない。時間さえ許せば一日だって眺め続けることだろうと思う。


下山時に、ある検証をしてみた。
先週の船形山色麻コース下山時に発生した道迷いによる遭難騒ぎ。

本来、まっすぐ進むべき色麻コースを小野田コースとの分岐で誤って左折し、小野田コースを下山してしまい途中で間違いに気づき引き返したものの時間切れで当日下山が出来なかったというもの。
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地図やコンパスの不備とか確認不足とか時間管理とか、普通言われる道間違いの要因はいったん置いといて、これほど直角的に曲がってしまったのに、真っ直ぐ歩いていると誤認することがあるのだろうか?って疑問に思った。
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ちょっと前方を確認すれば、あそこが分岐だとわかるのは容易だけれど、分岐点の直前は少し急で、慣れていない人は足元ばかり注意して歩くかも知れない。

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さらに近づけば分岐点ははっきりし、なぜ左に曲がってしまったのか?僕らにしてみれば不思議にさえ思ってしまう。
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いよいよ分岐点。前を見て歩いていれば、進むべき方向がどちらかなのか判断に迷うこともないくらいハッキリした分岐点。
ところが、慣れておらず足元ばかりに目をやって、分岐手前の急な斜面を下ってくると左に曲がっているにも関わらず、真っ直ぐ歩いているように錯覚してしまう事が起こりうるという事に気づいた。(ここでは、前述の通り左折する道を左手に見て進む等の状況確認不足のことは一旦置いといてって話です。)

足元ばかりに目をやって前方を確認しないで歩いていると、分岐そのものに気が付かない可能性があることが一つ。そして、狭い登山道ではあるけれど、右側を歩いて来て少し平らになった分岐点で、右足が前に出ているタイミングで顔を上げると目の前真っ直ぐに小野田コースが見えるのである。
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もちろん左足が前に出ているタイミングで顔を上げると、色麻コースが目の前真っ直ぐに見える。

ずっと下向きで歩いていて、わずかに体が左を向いていて更に右足が前に出ているタイミングで前を見た時には、左折してしまう事に気づかず真っ直ぐ歩いていると錯覚してしまう事が起こりうると言う事ですね。

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升沢小屋の草刈り、稜線でのアマツバメ観察と相当な時間を費やしてしまったので、眺望所を過ぎるころには午後4時半を回ってしまった。日が短くなった秋の夕方、大滝キャンプ場へ戻る途中、2回もクマとニアミスしてしまった。

冒頭でクマを見ることが好きだと書いたけれど、登山道で出会うのは御免です。遭いたくない。


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by mt1500funagata | 2018-09-24 23:37 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(4)

2013年5月4日~5日、ブログ開設前Web版の記事です。
ここのところ、ツキノワグマの記事が多かったので、関連してリバイバル版を掲載すると良いんじゃあない?と言うご意見を頂きました。

読み物としてご覧いただければ幸いです。

===================

・・ふながた山のブナやクマのことならおもしろい。ふながた山は大きな山だ。
保野川はふながた山から出てくる。ふながた山は一年のうち大ていの日は つめたい霧か雲かを吸ったり吐いたりしてゐる。まはりもみんな青黒いなまこや海坊主のやうな山だ。山のなかごろに大きな洞穴ががらんとあいてゐる。そこから保野川がいきなり二百尺ぐらゐの滝になってひのきやいたやのしげみの中をごうと落ちて来る。それがふながた山の色麻大滝だ。
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宮沢賢治のパクリから始まりましたが、残雪の上にテントを張り泊まりで4日~5日と行って来た、小荒沢源頭ブナ平の周辺は、宮沢賢治の「なめとこ山の熊」をいつも思い浮かべる場所なのです。

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・・・むかし、熊がごちゃごちゃ居たさうな、なめとこ山のへんに熊捕り名人の「小十郎」という、赤黒いごりごりしたおやぢがいた。小十郎はなめとこ山あたりの熊を片っ端から捕ったのだけれど、熊どもは小十郎をすきなのだ。でも鉄砲をこっちへ構へることはあんまりすきではなかったので、大ていの熊は迷惑さうに手をふってそんなことをされるのは断った。けれども熊もいろいろだから気の烈しいやつならごうごう咆えて小十郎へかかって行く。そうすれば小十郎にズドンとやられて死んでしまふ。そうしたら小十郎はそばへ寄って来て「熊、おれはてまへを憎くて殺したのでねえんだぞ。ほかの罪のねえ仕事していんだが畑はなし木はお上のものにきまったし里へ出ても誰も相手にしねえ。仕方なしに猟師なんぞしてるんだ。てめへも熊に生まれたが因果ならおれもこんな商売が因果だ。やい。この次には熊なんぞに生まれんなよ。」と云ふのだった。・・・

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夜半から、ごうごうと強い風の吹く音が聞こえはじめましたが、テントがゆれることはありませんでした。花染山の稜線が風をうまくかわしてくれるのでしょう。
風が当たらず三方の斜面から土に浸み込んだ養分が集まるこの場所は、ブナにとっては最高の地形なのでしょう。一番良い場所には胸高周り5mになろうかとする大きなブナが僕らのテン場を見おろしているのです。

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未明には風が収まりブナの樹間から、半月を望むことができました。
そして、月明かりと雪明りを頼りにテン場のすぐ脇の尾根に登ってみました。

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・・・小十郎はもう熊の言葉だってわかるやうな気がした。小十郎はある夜、母親とやっと一歳になるかならないやうな子熊と二匹丁度人が額に手をあてて遠くを眺めるといったふうに淡い六日の月光の中を向ふの谷をしげしげ見つめてゐるのにあった。熊のからだから後光が射すやうに思へてまるで立ち止まってそっちを見つめてゐたら子熊が甘えるやうに云ったのだ。
「どうしても雪だよ、おっかさん谷のこっち側だけ白くなってゐるんだもの,どうしても雪だよ。おっかさん。」
すると母親の熊はまだしげしげと見つめてゐたがやっと云った。
「雪でないよ、あすこへだけ降る筈がないんだもの。」
子熊はまた云った。
「だから溶けないで残ったのでせう。」
「いいえ、おっかさんはあざみの芽を見に昨日あすこを通ったばかりです。」
月の光が青白く山の斜面を滑ってゐた。しばらくたって小熊が云った。
「雪でなけぁ霜だねえ。きっとさうだ。」
ほんたうに今夜は霜が降るぞ、お月さまの色だってまるで氷のやうだった、小十郎はそう思った。
「おかあさまはわかったよ、あれはねえ、ひきざくらの花。」
「なぁんだ、ひきざくらの花だい。僕知ってるよ。」
「いいえ、お前まだ見たことありません。」
「知ってるよ、僕この前とって来たもの。」
「いいえ、あれひきざくらでありあません、お前とってきたのきささげの花でせう。」
「さうだらうか。」子熊はとぼけたやうに答へました。・・・

ここらへんの、ふながた山あたりの熊も、こんな尾根から向こう側を見つめて、こんな話をしているのでしょうね。

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花染山の稜線に朝日が当たり、示し合わせたように小鳥のさえずりが賑やかになって来ました。

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今朝の山めしは、和風で。

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朝食後、手ぶらでブラブラと花染山まで散歩に行って来ました。
一昨年は左の茂みに熊がいたんだよねえ、とか、僕らにびっくりしたカモシカが転げるようにすっ飛んでいったよねえ、などと話しながら全く緊張感のない山歩きを楽しみました。

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尾根から小荒沢へ向かって行く熊の足跡が残っていました。
昨日の夕方くらいの足跡のようです。尾根の上から丁度人が額に手をあてて遠くを眺めるように僕らのテントの灯りを眺めていたのかも知れませんね。

・・・豪儀な小十郎も町へ熊の皮と胆を売りに行くときはみじめだった。
こずるい荒物屋の旦那に安く買い叩かれ、実に安いことは小十郎も知ってゐた。
こんな風だったから熊どもは殺してはゐても決して憎んではゐなかったのだ。

ある年の夏、小十郎は鉄砲をつきつけた熊から問われる。
「おまへは何がほしくておれを殺すんだ。」
「ああ、おれはお前の毛皮と胆のほかはなんにもいらない。ひどく高く売れると云ふのではないしほんたうに気の毒だけれど仕方ない。けれどもお前に今ごろそんなことを云はれるともうおれなどは何か栗かしだのみでも食ってゐてそれで死ぬならおれも死んでもいいやうな気がするよ。」
その熊は、「二年ばかり待って呉れ、二年目にはおまへの家の前でちゃんと死んでゐてやる。」と云い、小十郎は変な気がしてぼんやり立って鉄砲を射たなかった。
ちょうど二年目の朝、約束とおり熊は小十郎の家の前で倒れてゐた。
小十郎は思はず拝むやうにした。

そして、生まれて初めて猟に出るのが嫌んたような気がした日、小十郎は熊に殺されてしまう。

その熊は鉄砲を射っても少しも倒れないで嵐のやうに黒くゆらいでやってきた。
小十郎はがあんと頭がなってまはりがいちめんまっ青になった。それから遠くでこう云ふことばを聞いた。
「おお小十郎おまへを殺すつもりはなかった。」
ちらちらちらちら青い星のやうな光がそこらいちめんに見えた。
「これが死んだしるしだ。熊どもゆるせよ。」と思ひながら小十郎は死んだ。
とにかくそれから、まるで氷の玉のやうな月がかかってゐた三日目の晩だった。
白い雪の峯々にかこまれた山の上の平に黒い大きなものがたくさん環になって集まり、じっと雪にひれふしたままいつまでもいつまでも動かなかった。
いちばん高いところに小十郎の死骸が半分座ったように置かれてゐた。
思いなしかその死んで凍えてしまった小十郎の顔はまるで生きているときのやうに冴え冴えして何か笑ってゐるやうにさへ見えたのだ。ほんたうにそれらの大きな黒いものは参の星が天のまん中に来てももっと西へ傾いてもじっと化石したやうにうごかなかった。・・・

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「何もしない山行」と銘打ったこの山遊び。
気のあった仲間と酒を飲みメシを食い語り合い笑いあい、それだけ。 山登りらしいことは本当に何もしませんでした。
ふと会話が途切れたとき、何かでひとりになったとき、僕はずっと「なめとこ山の熊」のひとつひとつのフレーズを思いだしていました。そんなことを考えるのは,この場所がちょうどいい。





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by mt1500funagata | 2018-08-22 06:58 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(0)

平成30年6月17日
地元の船形山岳会が中心になって進めてきた登山道鳥居の復元落成式。
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船形山のブナを守る会も協力団体として作業に関わってきた。

僕は今日のこの場に何としても立ち会いたかった。

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主催の船形山岳会、協力団体の仙台朋友会、そして僕ら船形山のブナを守る会ら約50名が参加して執り行われた。

今日は最後の作業となる柱の基礎部分のコンクリート打設をもって完成となる。
参加者有志は、5㎏ずつ小分けにされたセメント・砂・砂利などの資材を運び、僕も5㎏の砂利をザックに入れた。
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背中の重さは、復元された鳥居への想いに変わる。
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皆さん同じ気持ちで荷物を背負ったのではないかと思う。

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僕が参加出来なかった前回の作業で、鳥居は仮建てされていた。

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コンクリートを流し込む前に、清めの砂を根元に入れる。
これら一連の作業や神事は船形山岳会が、石神山精神社の吉田宮司から伝授されてのことだった。

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型枠を設置しコンクリートを打設、建立作業としてはこれが最終となる。

予定通りの時間に作業を終え、落成式典神事へと進む。
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最初に行われたのは、旧鳥居納めの儀。
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いつ誰が建てたものか、今となっては分からない一本だけ残された旧鳥居の芯を抜き自然に帰すための儀式。

続いて、注連縄掛けの儀。
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修祓(しゅぱつ)・・・参列者拝礼。
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くぐり初めの儀
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右の柱の周りを3回、左の柱の周りを3回まわり、最後に鳥居をくぐる。
こうした神事に立ち会うのは勿論初めての事だし、こうして鳥居が建立されるのだと云うことを知った。

記念品を受け取った後は、
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ブナの会オカリナ愛好会有志による伴奏で、参列者一同で山の歌を奉納した。

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主催者挨拶は高齢で現地に来ることが出来なかった船形山岳会の横田会長のメッセージを副会長が読み上げた。
昭和30年初頭から60年以上の長きに渡り船形山と関わり、崇め愛し続けた横田会長の想いが込められた名文であり、文面の文字を目で追いながら聞いていた僕は胸が熱くなる感覚を覚えた。

最後に、神酒拝戴(しんしゅはいたい)
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こうして一連の神事が厳かに終了した。

かつて、この場所に鳥居が立っていたことを僕は知っていた。
一番古い記憶によれば、柱はまだ2本立っていて、上部の笠木は現地調達と思われる天然木が渡されていた。
鳥居があったことは知っていたけれど、その鳥居のことを語ることは出来なかった。

でも、復元された鳥居のことを僕は語ることが出来る。
地元に船形山岳会という船形山に特化した山岳愛好者の集まりがあり、発起人である横田会長を始め山岳会の方々の想いが集まり鳥居が復元されたと云うことを。

これから、何度この鳥居をくぐることになるだろうか?
僕はそのたびに今日のことを思い出すだろうし、再建に関わった人たちの行動や想いを語ることが出来る。

僕は今日のこの場に、居なければならなかった。
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by mt1500funagata | 2018-06-17 22:11 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(4)

霧雨 森は無限に広がる

霧がじめじめ降っている早朝、船形山升沢小屋へ行くために小荒沢林道を大滝キャンプ場へ。

山奥の駐車場に停まっている車はなかった。
天気が悪いからと言って山に行くのを止めることはないけれど、晴れの日よりもテンションが上がらないってのは否めない。
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登山口で少しグズグズして、とりあえず鈴沼に行ってみる。
霧に包まれた幻想的な景色を見ることが出来るかも知れない。
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霧が濃すぎた。沼は白色に包まれ全体を見ることは出来なかった。
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それはそれで、こんな日の鈴沼の表情を確かめることが出来る。
今日は今日で美しい沼だ。

鈴沼から戻り、福島から来られた4人の後を追うように登山口を出発。
僕は山頂を目指さずに、すぐ左折し三光の宮経由で升沢小屋への道を辿る。

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保野川を渡り千本松山のクロベを過ぎたあたりで、いつもツクバネソウの5枚葉を見る。
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今日も見つかった。
まあ、それほど珍しいって訳でもないけれど、四つ葉のクローバーみたいなものですね。

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鳥居の再建も順調に進んでいて、明日はいよいよ完成、落成式を迎える。
僕は明日もここへ来る予定。

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今日の船形山は静か。僕を含め7人しか入っていなかったと思う。

升沢小屋ではいつものようにメンテ作業。
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こんな張り紙をしてくれる登山女子も居るかと思えば、
この張り紙が目に入らないのか?字が読めないのか?或いは全く無視するのか?・・・そんな登山女子も居る。
意味わかりますよね?

今日は山頂は目指さない。
山頂もガスって展望はないだろうし、それよりも僕には気になってしょうがないことがあった。
先週見つけたノビネチドリは盗掘されずに今日も咲いているだろうか?ってこと。
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山に来る人のすべてがマナーを守りモラル意識の高い人ではないというのは、トイレの件でもよーくわかる。

小屋で合流した足の速い福島の方々と一緒に下山し、別れたあとノビネチドリの咲いていた森へと向かった。

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咲いていた。良かった。
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宮城県レッドデータブック 絶滅危惧Ⅱ類
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マクロレンズを使って、写真を自分のライブラリーに加えたかったという思いもあった。

樹上には、
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これも環境省カテゴリ準絶滅危惧、宮城県RDB絶滅危惧Ⅱ類「ヤシャBシャク」yashaビshaku
ブナなどの老木の洞に着生する(寄生ではない)

ラン科の絶滅危惧種は森の中に、ぽつりと一株だけで咲く。
樹上の絶滅危惧種は、条件の整った樹の洞に着生する。

どちらも、種がその場所に運ばれてきて、発芽し生長し花を咲かせるというのは奇跡的なことに近い。
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こんな花咲いてました、だけでなくその花が咲くまでの様々なドラマを想像してみると、なるほど!こりゃ貴重な訳だ!と言うことが分かってくるだろう。

綺麗に写真を撮るのは良いことだし大切なこと。
でもその花が咲くまでの時間という奥行き、花を咲かせられる条件を整えた鳥や周辺の環境という広がり、このふたつを想像し感じることが出来れば、森は歩いた範囲より何倍も無限に広くなる。



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by mt1500funagata | 2018-06-16 22:02 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(3)

雨降りの朝、船形連峰升沢避難小屋までプラプラと。
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午前4時に目を覚ました時に、窓の外に雨音が聞こえていた。
升沢小屋に行くつもりだった僕は、ちょっと憂鬱な気分だったけれど、まあ雨の日のブナ林もイイかな~って思って家を出る。

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「ブナの森は傘いらず」とは良く言ったもので、小降りになってきたブナ林の中はほとんど濡れることなく歩ける。

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樹表が濡れて、黒々としたでっかいブナは重厚感が増す。雨降りだからこそ出会えるブナである。

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30分も歩かないうちに雨は上がり、初夏の花が頭上に揺れる。

プラプラと歩いて、鳴清水。
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シロヤシオが満開。

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紫と白の取り合わせは、イイねえ~!

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僕は、ここのブナの風景が好きで、毎年同じような写真を撮ってる。
昨年同時期の写真と比較すると、残雪の量は5分の1くらいか。

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このブナ、彫刻のように見えませんか?

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瓶石沢を過ぎると、残雪の上を歩き、春山の雰囲気。
雰囲気は良いのだけれど、夏道は雪の下だし藪って言うか中途半端で直線的にも歩けないので、慣れない人にはルート取りが難しいんじゃないかな?

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何年か前に、地元の船形山岳会が付けていた目立つ赤テープも、経年でまばらになって来ている。
こんな場所では、進むべき方向を間違えるとやっかいなことになる。以前、Kさんが朝に追い越した人が迷い、Kさんが下山する時間までこの辺を彷徨い続けていたことがある。大きな呼び声を聞き洩らさなかったKさんが無事下山口まで同行下山したという話を聞いた。
今の時期は登りはじめは夏道なので、こんな場所に不慣れな人が来てしまうケースも多い。僕も今くらいの時期に、三光の宮から升沢小屋の間で、進むべき方向を見失ってしまった人を引っ張った経験は1度や2度ではない。

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升沢小屋の小屋日誌に、嬉しい書き込みを見つけた。
Akiさーん!コメント待ってますよーー!

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小屋でメンテ作業やノートを見たりしてダラダラと時間を過ごしているうちに、青空が顔を出し始めた。
沢沿いは雪渓も薄くなって歩き難いだろう。ヘタレな僕は山頂へは行かない。今日は升沢小屋までプラプラ歩いて来るのが目的で、僕の括りの中では登山の範疇に入らないので、そもそも歩き難いところをわざわざ歩くと言う気構えがなかったと言える。

下山途中には、お約束の岩に立ち寄る。
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S木さんに挨拶して帰るのだ。
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線香じゃなくタバコを供える。S木さんがうまそうにタバコを吸う姿を思い浮かべる。

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下山して、久しぶりに氾濫原の伏流水の出口にあたる、ヒラコ沢の滝を見に行って来た。
この滝の上部は、ちょっと進むと水がなくなる。以前、そのまま沢状の窪地を忠実に辿ったことがあって、それは氾濫原へ行き当たる。

今日のお仕舞はツキノワグマのこと。
旗坂キャンプ場から下って来て、小荒沢に架かる橋を渡ってすぐ右手の杉林。
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ごく最近のものと思われる、クマの樹皮剥ぎの跡を見つけた。
前記事でも書いたけれど、クマにとって道路は行動を妨げるものではない。
道路のすぐ脇だってクマが日常的に動いてるってこと。
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道路に面した古い電柱は、格好のクマの寄り付き場。
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しょっちゅう、こんな事(背擦り)しているんだろう。(過去写真)

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良く見てみると、クマの毛が残っていたりする。

山中で満開のシロヤシオを見れば、心が和み美しさに感激する。
道路端でクマの毛を見つければ、そのクマの姿を想像し、楽しくなる。
(近くにいるかも知れないので、無防備で杉林の中をうろつくのはヤメましょーね!)




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by mt1500funagata | 2018-05-19 22:11 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(4)

晴天の船形山、升沢小屋のメンテに行って来た。
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山へ行くのに、うってつけのの好天に恵まれた一日を船形山の懐に抱かれる。

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升沢コース下部のブナの森は新緑に包まれていた。
前回、鳥居の笠木を乗せた橇を引いて登った道も、すっかり夏道となり鳥の声がそこいらじゅうに響き渡る。

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反骨の山男であり、船形のブナの森をこよなく愛したS木さんの魂が眠る旗坂平の下の岩。
草創期から長年に渡りブナの会の活動に積極的に関わり、原発事故に絡む指定廃棄物最終処分場の建設計画が持ち上がった際には「おらほの山の玄関口にゴミ溜め作るなんて、とんでもねえこった!」と怒りを露わにし反対運動に携わった。泉ヶ岳のトレラン大会のコースに氾濫原が入っていた時には、僕らは署名や投書でコース変更の要望を強力に申し入れたけれど、S木さんは主催者事務所に単身乗り込み直談判をやってのけた。絵にかいたような反骨精神を持ったS木さん。僕はここを通るたびに「ただよしさーん!」って声を掛ける。
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タムシバの花が咲くのも年々早まっているように思う。

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標高を上げるにしたがって、新緑の山から残雪の山へと姿を変える。
瓶石沢を渡る夏道は、もう少し上のほうだけれど、今日は三光の宮から一直線に歩いて来たのだ。上を目指せば良いというルートではないので、慣れないと迷いやすい。僕は三光の宮を少し越えたあたりで高度計を確認し、その高度を維持しながら西に向かって升沢小屋を目指す。そうしておけば地形図やコンパスと睨めっこすることなく、高度計付きの腕時計をちらちら見るだけで升沢小屋へ到達するのは容易なのである。

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夏道を忠実に辿るのとは少し違った方向から升沢小屋へ到着。
屋根にちょっとかかるタカラ森が可愛い。

こんな天気の山頂は眺めも良く、山頂を踏んだ満足度も高いだろう。
ここで山頂へ行かないことを決断するのは少々惜しまれるけれど、僕は山頂よりも小荒沢源頭部のブナ平へ向かうことを決めた。
山頂へは、今年も何度か行くことが出来るだろう。でもブナ平は今日を逃すと今年はもう行くことが出来なくなる。

小屋でのメンテ作業を終え、小屋で出会った方々と少し話し込んだ僕は、小屋を後にし三光の宮から花染山へ延びる尾根へと足を進めた。
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ブナ平に初めて足を踏み入れて以来、行かなかった年はない。年に複数回行き、テント泊で夜のブナ平に身を置いたこともある。
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今日の僕は山頂へ行くことよりも、ブナ平のブナに会いに行くことのほうが重要だった。

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ブナ平で一番太く、際立って大きさが目立つ「大王ブナ」。
何百何千年という森の時間の中で、ブナ平の主も世代交代を繰り返す。次代の主となるブナだ。

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長いこと主として君臨してきた「黒森ブナ」と「花染ブナ」。年々衰えが目立ってくる。
手前の黒森は最後の枝が折れ、朽ちる時が来るのはそれほど遠い先のことではないだろう。
僕は思う。「僕はこの黒森ブナが朽ちる時を見届けたい」

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今年のGWには、この二本のブナの根元でテントを張り夜を過ごしたいと思っていたのだけれど、家庭の事情はその時間を作ることが出来なかった。
そろそろ、このブナの語る声が僕にも聞こえても良いのではないかなあ、と思っている。

僕の中で、このブナは樹木としてのブナではない。
意思と記憶を持った魂が存在するブナなのである。

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小荒沢を覆っていた雪も消えて行き藪も密になり、ブナたちが人の訪れを拒む季節が近づいて来た。

僕は今日、ブナ平へ行かなければならなかった。


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by mt1500funagata | 2018-04-28 23:06 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(2)