2018年 10月 20日
スズ沼 穏やかな水面
穏やかな森の中で穏やかな水面を眺めたいと思って、ここへ足を運んだ。ここ数日、僕の心のなかは穏やかではなかった。
大切にしているものを守りたかった。
考えた結果、見過ごすことは出来ない、譲れないものは譲れないと思い行動を起こしたのだけれど、納得感の全く得られない幕切れとなってしまった。僕は守ることが出来たのだろうか?
ブナの森と沼の水は何も語らない。
分かる人には分かる空気感。森に囲まれた静寂な沼は、さざ波すらたてることもなく静かに僕を包み込んだ。
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人の行いに賛同する人も居れば非難する人も居ます。
道端に唾を吐く人やタバコの吸い殻を捨てる人も居れば、
何も言わず、鈴沼でごみ拾いをして帰る人も居ます。
人にどう思われるかより何をどう行うかが重要だと思います。
少なくとも私は千葉さんの行いをリスペクトしています。
多分ほとんどの人が同じ思いでしょう。
これからも胸を張って今の活動を続けて下さい。
微力ながら応援しております。
時折りブログを拝見させていただいております。
スズ沼の水面に映った紅葉、キレイですね。
積雪期にしか行った事がないですが、ひっそりと佇むスズ沼はとても心落ち着く場所でした。
これからも変わりなく船形の自然や動植物、そして様々な活動をブログで紹介して下さいね。
他の方の山行記録などで升沢小屋の写真を見ると、小屋の周りが綺麗に刈り払いされてるのが良く分かります。
と同時に、千葉さんがもくもくと汗しながら草刈りをしている姿を想像してました。
以前は山で見かけたゴミは拾ったり拾わなかったりだったのですが、全部拾って帰ろうと思うようになりました。
(小さな事ですけど(^-^; )
チバさんの想いに対して誠意を持って反論or討論することを拒んだ時点で、対象への想いの差は歴然だったのではないでしょうか。
それはチバさんご本人以上にこのブログを愛読している方々は感じていらっしゃると思いますよ。
意見することで面倒を生むのは明らかでも守りたい気持ちが勝りアクションできるか、またはその逆か。
前者がチバさんで後者がきっと、、、
山登りしない私ですが素直にそう感じました。
これに限らず全てにおいて、チバさんがアクションを起こしている時点で大切なものを守っていると私は思います。
早とちりや的はずれならすみません(^人^)
独り言なのでスルーしてくださいね。笑
こうした活動を自慢しているだの、関わらない人を卑下しているだの言う人というのは、自分が自慢できることをしたい、注目されたい、でも他の人の方が注目されている、悔しい、という気持ちをなくすため、自尊心を保つためにそういう理解になってしまう。まぁ、簡単にいうと妬みですね。当たらずとも遠からずでしょう。
ボクもこういう場合、戦ってしまう方なんですが、先日本屋でちょっと立ち読みした本にこんな感じの一文がありました。
バカと戦っても気持ちが晴れることは100%無い。そんなバカのために感情と人生の大事な時間を無駄にするのか?
無駄に戦うのはやめようと思いました(笑)
皆さんコメントありがとうございます。
独り言に対してのコメントですから、それぞれの独り言と捉え、敢えて返信のコメントは控えさせて頂き、御礼のみとさせて頂きたいと思います。
独り言、つぶやきに来て下さい。
独り言しに来ました。
今日、山から降りて例の場所を通ったら、キツネに餌やり最中の夫婦が…。
感情を押し殺したつもりでしたが、、、
旦那様の方はやっぱりダメだよねという感じでしたが、奥様はなんであんたに言われないといかんのって感じでご立腹。
またも、モヤモヤして帰る事に。私も沼に足を運ぶべきだったかも⁉︎
同じ思いの方々が コメントを寄せているのを見て とても嬉しくなりました。チバさんは独り言とおっしゃるけれど やっぱり こういう時 同じ思いの方々のコメントは チバさんの活動を応援することになる!と思い 書いています。思いやりを持って思いを伝えるというのは 大切なことだと考えます。たとえ 反対意見であっても…と思います。