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面白山大権現の御神体

南面白山、本当の権現沢へ
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一月ほど前、当ブログ記事で南面白山の権現沢を遡行したことに触れた。しかし、ある方からご指摘を頂き、その沢は権現沢ではなく南沢だったことが分った。(山と高原地図の権現沢の表記は誤りということ)
そして、その時偶然であるが面白山のもうひとつの権現様「八大龍王地蔵権現滝」を目にしていた。

深野稔生著「山遊び山語り 二口編」を読み返す。
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権現沢には面白山の御神体である赤い磐座(いわくら)があるという。権現沢を遡り参道として植えられた杉に導かれるように辿れば行き着くことが出来るという。

行ってみなければならないと思った。9月に同行した全員が同じ気持ちだった。

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鐶滝(かんかね滝)
登山道から見える大黒渕の上流、ここを登らずに右に行くと登山道から見える雷神瀑布。
かつてはこの滝の右岸に鉄の環の鎖(鐶=かんかね)が設置されていてその鎖を頼って御神体へ参拝したということだったけれど、僕らが探した範囲で鐶を見つけることは出来なかった。
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左岸を直登した。
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次に現れた6m滝
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直登。
この滝を越えると、権現沢とハイスメリ沢との出合い。
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左、ハイスメリ沢。杉が行く先を示す右が権現沢。

権現沢に入ると、3mから5mくらいの小滝が続き、右岸から8m滝で出合う枝沢を過ぎると・・・
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黒光りするハングした岩を纏った12mの滝。
この滝を直登するのは無理。もちろん高巻きをするのだけれど、その高巻きで驚くものを発見した。偶然だったのか、それとも導かれたのか・・・。

最初は左岸の草付きに取り付いたのだが、途中で引き返し右岸を巻くことにした。先行したウエマツ氏が細く小さい尾根に上がったと同時に声を上げた。
「すごいものがある!」
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滝を見おろすように佇んでいた、下部は埋もれてしまった「面白山大権現」の小さな石碑だった。深野氏の著書に面白山権現碑の写真が複数掲載されているけれど、この石碑は載っていなかった。苔むした石にもなにか文字は刻まれているようだけれど判読不能。
ちなみに、面白山大権現と言えば北面白山山頂にある石碑を思い浮かべる人も多いと思いますが、あの石碑は天童市の観光課が観光開発の一環として昭和41年に建設し、その後凍み割れたものを昭和56年に再建したもので歴史的な価値はない。
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倒れかかった縦長の石碑には「山寺堰ノ源流」の文字。裏側には年代が刻まれていたようだがこれも判読不能。

この滝の上に人知れず祀られた石碑は、ここから神様の宿る御神滝を参った名残りなのではないだろうか?
そして、上記の「山遊び山語り」163Pの一文と繋がった。
・・・過ル四月二十八日、雨乞いの為、流源ノ山寺村面白山へ小前一同参詣マカリ登リ・・・文政三年(1863年)
「山寺堰ノ源流」「流源ノ山寺村面白山」、まさにここへ雨乞いに来たのではないだろうか?
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この滝を巻いて、さらに上流へ

目印にするはずだった杉の木は、ずっと前から見当たらなくなっていた。
御神体の近くにあるという赤い砂地の水たまり「血の池」も見つけることは出来なかった。

権現沢の御神体について唯一取り上げている、冒頭の権現沢と南沢との間違いを教えてくれたハンドルネームもときちさんのブログ記事のコピーを何度も読み返しながら、全員でそれらしい場所を探しながら歩いた。
もしかして、これがそうか?と思えるような、水がしみ出るところが赤茶色に染まった岩の突起が一箇所あったけれど、それが御神体であるのか否かを判断できる
のは誰もいない。写真も撮ったけれど、それはここで公開する気持ちは毛頭ない。

面白山権現の御神体は湯殿山の御神体を倣ったものであろうことは容易に想像がつく。と言うことは、「語るなかれ聞くなかれ」という掟も倣わなくてはならないだろう。ましてが確証のないことを写真を添えて「語る」ことなど僕には出来ない。御神体があると言われている本当の権現沢を源頭まで遡行し、年代不詳の埋もれ倒れかかった石碑を見た。これだけで僕らは満ち足りたのである。
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遡行記録がほとんどない権現沢を権現様峠まで遡り
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イノシシ肉を使った「イノすき焼き」を腹いっぱい食べて
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紅葉のブナ林を面白山高原駅へと下山した。


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参考にさせて頂いた、もときちさんの関連記事「面白大権現やーい」
http://tabilogue.exblog.jp/21372327/ 
ご一緒したmaro7さんの「マロのページⅢ」
http://maro70.blog.fc2.com/blog-entry-680.html
ご一緒したウエマツさんの「白鳳会ブログ」
http://www.hakuhohkai.sakura.ne.jp/



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Commented by tabilogue2 at 2016-10-23 10:57
おお、行かれましたねwww 山を探求するという一つのパターンを実践されて祝着至極の 山遊びでお宝発見といったところでしょうか?

側壁に設われた「環金」も失せ 「杉木」も倒れ 「碑」も苔むし どれも真実であったわけですね しかも 上流に「赤紫の岩」を見たわけですから 「民衆の信仰心」の探求もそこまでで充分じゃないでしょうか? 少なくとも 村々で団や講を組んで雨乞いしたといいますから 12mも その上の紫の岩も さらに南沢の神滝も それぞれが その過去、時代における御神体なのでしょう。 もはや よもやお目にかかれるとは思いもよりませんでした。あれから20数年の月日が経つわけですから。。。
Commented by mt1500funagata at 2016-10-23 22:22
> tabilogue2さん
前回のコメントを頂いてから、僕は本当の権現沢に行かなければならなかったのです。
自然環境を次代に残すってことと同時に、時代の中で埋もれてしまう自然を崇め尊ぶという日本古来の「民衆の信仰心」も語り継ぎ残すことも大切だと思っています。
語り継ぐためには、その場に行かなければならない、その場に漂う空気に触れなければならない。だから権現沢には行かなければならなかったのです。
充分だと言って頂きましたが、僕はあと2回くらいは行ってみたいと思っています。
Commented by tabilogue2 at 2016-10-26 22:07
マ、そういうわけです。僕でさえも権現沢に3度も足を運んだ口ですのでその気持ちがよくわかります。知的好奇心・知的探求心、遊び心を失えば・・・、オリジナルな遊びには成り得ません。

他人の記録をネットから引き出し、コピーする程度にしかなりません、所詮コピーはコピーですね。自分のオリジナルな遊びとするには「興味を越える何か」を持たないといけませんね。千葉さんの「使命感」めいたものに昇華することもその一つかな。

まあ ゴルジュや滝のマークにメラメラ闘志を燃やすようでは 知的探求心とは程遠いですね。フィジカルな方向に降り過ぎてるわけで軌道修正が必要でしょう。いづれ歳を取って このままトレースしていくと 自分に何が残るのか???がわかってくるはずです。耳の痛い人もいるかな(´艸`)

「かつてのYMCA山岳会」は流域踏査を主体に活動してきた沢ヤ集団でしたから 興味があろうとなかろうと運営委員会が決めた年間活動方針通りに指定流域を年間通して歩きました。流域には人々が棲み、万物に精霊を宿らせる感謝を信仰という形で心を一つにして、、、天変地異・困難を乗り越えてきた「暮らし」があったわけです。そんなわけで 面白山に、権現様に、峠に、興味を深く抱く会員がいても何ら不思議ではありませんでした。面白山のてっぺんで黒曜石の矢ジリを拾えば 古代人に妄想を馳せる者が出てきても不思議ではないわけです。

電話でもお話し済ませましたが、文政年間と昭和戦前とで崇める御神体が違っていても何ら不思議ではありません。霊験あらたかな方へ人心が流れやすいのは簡単に想像できるからです。南沢の御神滝もその範疇であろうと思われます。

天童市でどんな研究をされているかは存じませんが 少なくとも面白山大権現にまつわる御神体は 今日現在 3つあることに千葉さんの周囲の方々は気づき始めたことになりますね。是非 昭和の古老たちが文明の発展とともに 信仰を「語り」もしなくなった権現沢の杉の木に導かれた赤紫の御神体を 奉じてみてください。楽しみにしております。 長文になりました。でわ。
Commented by mt1500funagata at 2016-10-28 12:08
> tabilogue2さん
今回の件では色々と教えて頂きありがとうございます。次回は(近々)本当のご神体の磐座へ参詣して来たいと思っています。
知的好奇心、知的探求心とまで言えるかは分かりませんが、時代の流れの中で埋もれてしまいそうな古い記憶を現地に行って掘り起こすということが面白く感じています。そして、山を深く知りたいと思えば、そこには人々の暮らしと山を崇める信仰があったことが見えてくる訳です。
好奇心や探求心を持って山に行くということが、とても面白く感じています。
by mt1500funagata | 2016-10-22 23:07 | ほかの山 | Trackback | Comments(4)