どーして今まで気が付かなかったんだろう?
花染山尾根から湯谷地尾根、そして山頂までの一本道。
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今まで歩いたことのあるルートをつなげれば船形山頂までの新しいルートが出来上がる。
このルートを思いついてから、登山って言うより僕の船形山の地図に新しい一本のラインを描きたいと思っていた。

旗坂から花染山までの小荒沢林道の歩きはアプローチ。
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締まった雪を期待していたのだけれど、歩き始めて15分でワカンを履いた。

小荒沢林道を1時間ちょっと歩き、支尾根を登り取り付いた花染山主尾根の東端。
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ガスに包まれた幻想的な尾根もまた良い感じ。

日差しはないが、身体に感じる空気はやはり春なんだなあって思わせる。
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久しぶりに個人山行でご一緒するKさんと花染山山頂。

山頂の避難小屋が新築されたと同時に僕ら二人は船形連峰御所山連絡協議会から、大和・色麻・加美の三町からの委嘱という形で管理人を引き受けて来た。そして升沢避難小屋については改築計画が持ち上がった当時から再建検討委員の一員に任命され、新築後は山頂小屋と兼任で升沢小屋の管理人を委嘱された。
Kさんは船形山登頂700回を数える。誰よりも多く船形山に登り、誰よりも深く船形山のことを知っている。
この花染山尾根の白い廊下を僕が初めて歩いたのも、Kさんに連れられてきた平成12年4月のことだった。

(旧)ブナの便り 平成12年4月9日
http://funagatayama.web.fc2.com/000409.htm
当時は歩く人は、ほとんどいなかったように思う。Kさんも僕も当たり前だが17歳若い。一緒に書いてる石の堂の磨崖仏もそれが薬師如来であると分っていない当時のことだった。

見通しの利かない花染尾根を歩き切り、三光の宮への尾根との鞍部から湯谷地尾根へ向う道筋ではガスは晴れ、時折薄日も差した。
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豊富な積雪に覆われた保野川を横断し、
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湯谷地尾根に取り付いた。
花染の尾根にはワカンやらスノーシューやら足跡が沢山残っていたけれど、この尾根に足跡はひとつもない。
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最初の登り途中で右手に湯谷地。この尾根の名称は無い(と思われる)僕らは勝手に湯谷地尾根と呼んでいる。

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尾根から尾根を結ぶ、とっても良いルートだ。
最初の地図を見れば、誰でもどこを歩いたかはすぐに分るだろう。
僕はブログに詳細なルート図を載せない。なぜならば、ここは「僕のルート」だから。
もし、あなたが同じルートを歩いたとしても上記の地図を参考にあなたが自分で地形図に予定ルートを書き込んだ上で歩いたとしたら、それは、「あなたのルート」となる。

ルート図を載せる意味としては、前人未踏の困難なルートを開拓したときの記録とか、歴史を調べ何度も通い、例えば藩政時代の歴史的な古道を紹介するなど、偉業もしくは文化歴史的に価値のある場合くらいしかないと思っている。


升沢小屋の北に位置する1224mのピーク。
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僕らは勝手にビーバップピークなんて呼んでいたのだけれど、古い地図に名前を見つけた。
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滝山岳という名前がついていた。

山頂手前の雪原への急な登り辺りから、また回りはガスに包まれて見通しは数十メートル。
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この急な登りを終えたら、雪原の向こう真正面に船形山の山頂が三角形に見える筈なのだけれど、
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今日は真っ白。
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目標物のないガスの中、コンパスと経験を頼りに方向を定め一直線に標高を上げて行った。

どんピシャ。
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真っ正面30mほど先に山頂小屋の影が浮かびあがった。


今日のルートは地形図見てルート探せる人だったら誰でも歩ける。
あとの人がルートを探す楽しみを奪うような事はしないほうが良いし、その楽しみが分からない人は冬のバリルートを歩く資格はない。そして、もし誰かがこのルートをGPS軌跡ですなんて言ってブログとかで得意になって載せたとしたら、船形山に並々ならぬ思い入れを持っている僕らとすれば面白くない。

ほかの山にも、それぞれ同じようにその山に強い思い入れを持っている人っているんじゃないかなあ?ゴミがあれば拾って歩き、藪っぽくなっているところがあれば刈り払いをし、山小屋のトイレの掃除をし、トイレのし尿を担ぎ降ろしたりしているKさんみたいな人が。
だから僕は概要は載せるけどルート図は載せない。ルート図はヤマ●コとか一般登山道の情報共有だけでいいんじゃない?

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山頂を少し下ってきたら視界が開け、目指す升沢小屋が眼下に見える。
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升沢コースを積雪期ならではの最短ルートで下山する頃には、ブナ林に日が当たるまで天候は回復した。

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旗坂~小荒沢林道~花染山~湯谷地尾根~滝山岳~山頂~升沢コースと旗坂を起点にした船形周回ルートを下山してきた僕らをマンサクが迎えてくれた。

30年来向き合って来た船形山。
僕の地図に新しい一本のラインを描き終えた一日となった。


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# by mt1500funagata | 2017-04-08 22:33 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(2)

船形山麓を根城にするヒゲの写真家、桜井洋次氏が主宰する
「森の仲間の写真展in船形山麓」
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ヒゲの写真家は語る。
・・・船形山麓で森の365日を愛でる。そこに、あてがわれた風景は一つも無い。枯れ葉一枚に巡らす想像力と好奇心。それがシャッターを切らせる。あなたの感性で被写体は無限に広がる。

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せんだいメディアテーク
4月12日まで開催です。

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森(ヒゲ)の写真家、桜井洋次さんの写真は↓こちらで御覧になれます。
http://morinozikan.com/index.html
「森の時間」 ギャラリーは=森の記憶=




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# by mt1500funagata | 2017-04-07 12:46 | Trackback | Comments(0)

七疑峰(ななつもり)
其山形聳然として犬牙相列り。人常に指示す。何れの峯巒なる事を疑ふ。故に郷人七つ森と呼。
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===うん蓄 その1===

七つ森が「七つ森」と呼ばれるようになったのは、仙台藩4代藩主伊達綱村(1659年~1719年)以降のこと。

仙台藩の儒学者、佐久間洞巌が1719年に完成させた仙台藩の地誌である「奥羽観蹟聞老志」に登場する。
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ちょっと分りづらいですね。
「聞老志」の改訂版とも言える「封内名蹟志」(1741年)の書き下し版を見てみましょう。
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仙台藩地誌の最終版とも言える「封内風土記」(1772年)
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よーするに・・・・・

宮床村と吉田村に跨がり連なる七つの山があって、この地を訪れた先君肯山公(伊達綱村)が
「この山並みは牙のように列していて格好良いじゃん。そうだ!中国に九つ並んだ九疑峰って名勝があるらしいから、この地もそれになぞらえて七疑峰(ななつもり)って呼ぶようにしようぜ!」
「さすがは殿!素晴らしい思いつきでござる。郷の者にも七つ森と呼ばせることにしましょう」
こうして土地の人々はこの地を「七つ森」と呼ぶようになった。
   
                   ・・・・・ってことでしょ?

注)九疑峯=中国寧遠県南部にある名勝地。名の通り九つの峯からなる。中国五帝のひとり「舜」の終焉の地とされている。
=====

一通り、七つ森の名前の由来うん蓄を語り終えたら「九掛け」へと向いましょう。
ご承知の七峰+たんがら森を含めて八掛けを行う人も多くいるけれど、今回は「九掛け」なのだ。
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七つ森へ行くときは↑こんなシートを作って持っていくと楽しさが増す。以前は南川ダムの資料館でこんなシートを配布し完成した人には記念品を渡していた。

七薬師掛けを行う場合、信楽寺(しんぎょうじ)跡を起点として松倉山から登り始めるのが一般的だけれど、玉ケ池を起点として、たんがら森を経て遂倉山から登り始めるのが正しい(私的見解です)
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この順番は、七つ森に関わるもう一つの「朝比奈三郎伝説」に由来するのと同時に七仏薬師信仰を考えれば最終目的地の大森薬師堂に遠いところから始めるのが本来であろうと思う。

朝比奈三郎という大男が弓の的を造るため品井沼から大きな背負い篭(たんがら)で土を運び、タンガラからこぼれた土がタンガラ森となった(諸説あり、土地ごとに内容は変わる)朝比奈三郎とは実在の人物(鎌倉時代の猛将、朝比奈義秀)であり、その伝説は鎌倉時代へと遡る。

===うん蓄 その2===
国土地理院の地図に「たがら森」と記載されているけれど、旧称「龍ケ森」と書いて「たんがら森」と読むのが正しいのではないか?と思っている。
今回、九掛けって言ってますけど、九ってのは上記7つの倉山と「たんがら森」と「どんがら森」を足して九ってこと。
どんがら森って松倉山の南にある標高91.5mの山って言うよりこんもりした森。
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「堂ケ森」と書いて地元の人は「どんがら森」と読む。
手前の石碑は、鎌倉時代のものである「草野川碑」右奥は松倉山。上の「封内名蹟志」をもう一度見てください。草野川のことが書いてあるでしょう。
背負い篭のことを「タンガラ」と言い、中身がなくなって骨組みだけになったものを「ドンガラ」と言う。
つまり、朝比奈三郎が七つ森を作り終えて、空になったタンガラを置いた所が「堂ケ森=どんがら森」なんじゃないか?と僕は考察する訳です。
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玉ケ池のほとりにも鎌倉時代の石碑がある。
草野川もかつては風光明媚な場所であったのであろう。
様々な文献を調べ、地元に伝わる伝説や民話を聞いて回ると、鎌倉時代には玉ケ池と龍ケ森(たんがら森)、草野川と堂ケ森(どんがら森)がそれぞれセットになって、遂倉山から松倉山までを挟む中世以前の自然信仰があったのだろうとの推測が導かれるのである。

南川ダムの上流に「蛇石せせらぎ公園」ってあるのご存知ですか?
蛇石(じゃせき)ってのは、今はダムに沈んでしまったけれど大きな蛇の頭のような石があって、その蛇石は玉ケ池の大蛇伝説に由来する。
堂ケ森の近くには「蛇神様」が祀られていて、こちらも蛇。
蛇に挟まれた六つの岩山の磐座(いわくら)信仰。そこから見えて来るのは、古代自然信仰の神「アラハバキ」。(興味のある方はアラハバキでググってみてください)

七つ森って、古代から自然信仰の対象となっていて、それぞれのクラ山(磐座)に神や祖先の魂が宿ると考えたクラ山信仰に朝比奈三郎伝説が重ね合わされ、修験道と薬師信仰が習合し、さらに近世になって七疑峰と呼ばれるようになったのに合わせて七仏薬師信仰へと発展していったのだろう。(僕の私的見解ですが、あながち的外れだとは思っていません)

*関連記事「七つ森、信仰の源流を探る」(ぜひ読んでみてください)
http://bunatayori.exblog.jp/26300525/
=====

長くなりました。

いよいよ歩き始めましょうね!
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玉ケ池からたんがら森へと向う道にはイチゲの早咲きが一輪。
いよいよ春の兆しが現れ始めた。

急で岩のごつごつした斜面をひと登りすれば、たんがら森。
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  たんがら森の文殊菩薩

===うん蓄 その3===
たんがら森の麓(玉ケ池のほとり)に、かつては龍ケ森文殊堂ってのがあって、元々たんがら森は文殊様を祀っている山。
上記の七つ森(七疑峰)の由来を見ても分るとおり、ガイドブックに書かれている・・・旧来七つ森とはタガラ森を含めて七つだったのが笹倉山を入れて七つに変わった・・・ってのは誤りだってこと。
あと、笹倉山(大森山)の薬師堂に各山の薬師仏が合祀されたってのも違いますからね。文献調べれば、間違いにはすぐ気づくはず。大森薬師堂や尖倉(遂倉)、鎌索(鎌倉)薬師堂についての記述が出てくる。
=====

たんがら森から遂倉山への途中の岩場を眺めると、七つ森がクラ山信仰の対象であっただろうと思わせられる。
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20年くらい前までだったかなあ?遂倉山の山頂に薬師堂はあった。
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     遂倉山薬師如来

山頂に着いたら、スタンプラリーのスタンプを記録しましょう。
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山名板の柱のてっぺんを鉛筆でこすれば、
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スタンプってゆーか、スタンプなんでしょうね。

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      鎌倉山薬師如来
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南斜面ではカタクリがいつ花を開かせようかとじっと待っていた。
今年は3月の気温が低かったせいだろう、春の花の開花は遅れている。

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蜂倉山の磐座に登ってみた。
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     蜂倉山薬師如来

蜂倉山から大倉山への途中に
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     ネコノメ草

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    大倉山薬師如来

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エンレイソウを見つけたのは大倉山の下りだったか?

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撫倉山への登り道。標高300m前後程度の里山にしては、登山道として面白い。

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     撫倉山薬師如来
見晴らしの良い撫倉山山頂からは、麓にある僕の家が見える。(肉眼では無理だけど・・・)

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     松倉山薬師如来
一番若い顔をしていると思う。

七薬師掛け一般コースとして紹介されているルートを逆に辿ってきた訳ですね。

===うん蓄 その4===

七仏薬師信仰ってのは簡単に言うと、姿を変えた六つの薬師如来の世界を経て、本当の薬師如来の世界に到達するって考えに基づく訳だから、大森薬師堂を本地とするならば、遠くから始めてだんだん近づいて行くこの順番が正しいと僕は考えるのです。興味のある方は「七仏薬師信仰」でググってみてください。
=====

ここまでの、道々の案内は多くの方がブログ等で載せているので、道の詳細はそちらを参照してくださいね。


信楽寺跡の駐車場にデポした車に戻る前に堂ケ森へと向う。
駐車場から遊歩道と反対に歩き、道なりに右折。丁字路を直進しその先の細い私道を今度は左折すると赤い鳥居が目に入る。
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ここが堂ケ森の登り口。
標高91mなので、10分もかからずに頂上へ届く。
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    堂ケ森薬師如来
ほかの山の薬師様より年代は新しく、この薬師様は大森山を向いていない。

最後は笹倉山(大森山)薬師堂へ
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これで、七薬師掛け+たんがら森+どんがら森の「九掛け」の完成。
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スタンプラリーも完成した。

今回は長かったねえ~!
「うん蓄」も「歩き」も・・・
最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。



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# by mt1500funagata | 2017-04-01 23:18 | 七つ森界隈 | Trackback | Comments(0)

「船形山のブナを守る会」早春の観察会は北泉ケ岳。
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20名の会員が集った。

僕はチーフリーダーとして先頭を歩く。
昨年よりはるかに残雪は多いけれど、さすがは仙台市民の山「泉ケ岳」。
先週は新雪でラッセルに苦労した道もよく踏み固められて、夏道よりも歩きやすくなっていた。

ブナの会は山岳会ではなく今回も自然観察会な訳で、ひたすらピークを目指し登山するものではない。
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「四本桂」と表記される三叉路から北泉への道上にある大木の前で、K先生から
「この木はカツラではありません。シナノキです」との解説。
カツラとシナノキを間違えて命名したのだろうとの事。カツラもシナノキも水を好む樹木と言うのは同じだけれど、カツラは動く水が好き・・・だから沢沿いに多く見られる。シナノキは動かない水が好き・・・だから、ここ「四本桂」の辺りの夏道は泥道になっている。・・・云々・・・勉強になります。

間違えてこの地を「四本桂」と命名し、その地名が定着したことは、コロンブスがアメリカ大陸を発見したときにインドと勘違いして先住民を「インディオス(インド人の意)」と呼んだ以降、アメリカ先住民をインディアンと呼ぶようになったって言うエピソードを僕は連想した。

この地が「四本桂」と命名されたのは昭和25年のこと。
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泉ケ岳から三峰山、後白鬚分岐まで(長倉尾根)の登山道を開発した当時の記録が残っている。
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北泉道上の先に命名せる「四本桂」・・・・
間違えちゃった、、、

この記録を残した五百城さん達はコロンブスと同じ。
生えている木が「カツラ」なのか「シナノキ」なのかは植物分類の上で大切なことだけれど、登山道を開発した先人がつけた地名なのだから、ここは「四本桂」と言う地名で間違いないのである。


そんなこんなで、山頂手前
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仙台の某有名山岳会の名前が明記されている凍った赤布の束が放置されていた。
森林管理署から森林パトロールを委託されている僕らは、マークとして用をなさないこの束を忘れものであったとしても国有林内に放置されたゴミとして回収処分せざるを得ない。回収してきました。

昼食時には展望があった山頂付近も、あっと言う間にガスに覆われ始めた。
気温も下がり行動予定は短縮、ガスに包まれた林間をのんびり下山することに方向転換。

地名「四本桂」の由来となったであろうシナノキ
北から一本目
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二本目
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三本目
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四本目
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おそらく、南北に並ぶこの四本だろう。
この西側にあるのも数えれば、目立つので計8本、細いのも含めれば10本以上のシナノキが確認された。ちなみにカツラはなし。


泉ケ岳との三叉路まで普通に下り、その先は水神までバリエーションの下山ルートを辿った。
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締まった豊富な積雪だからこそ歩けるルート。
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泉ケ岳三叉路からの下山中ですよ!
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繰り返しますが・・・泉ケ岳三叉路からの下山途中です。(と言っても↑この写真は積雪量を伝えるための1コマ)

やっぱり、積雪期は一般ルートよりも地図見て面白そうなルートを探すのが楽しい。

*地形図を良く見ればどのルートかは想像できるでしょう。ルートを見いだせない人は状況の変化にも対応できないってことですから、ルート図は当然載せませんし、もし後から同じルートを歩いたとしても、赤線でなぞったルート図なんぞは得意になってブログとかに載せないで下さいね!面白く無くなるから。


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# by mt1500funagata | 2017-03-26 20:31 | ブナの会行事 | Trackback | Comments(2)

昨夜の雨が上がり春の青空が顔を出した朝、泉ケ岳へ向った。
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里は雨だったけれど、山では雪だったようだ。

今日は来週開催される「船形山のブナを守る会」の春山観察会の下見のため、北泉ケ岳へ行くのだ。

それほど早い時間でもなかったけれど、泉ケ岳スキー場の駐車場には僕ら以外の車はいなかった。
7時30分頃に歩き始めた僕らの前を歩いた人はいない。先週に引き続き今日もラッセルラッセル!
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歩き始めは軽く感じた雪も、さすがは春山。日差しを浴びればみるみるうちに湿り気を帯びた重い雪へと変わっていった。

水神ではアウターを脱いでシャツだけになり、心地よい春の空気を感じながらの登りとなる。
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春山の行動食と言えば三色ダンゴにかぎる。

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北泉への登りの途中、先頭を歩いていたシゲルさんが言った。
「夏道ってどの辺通るんだっけ?」
2番手を行くヨシコさん「???」
ラストを行く僕「???」
えっ!?みんな分らない!?

そー言えば3人とも北泉ケ岳には何度も登っているけれど、最後に夏道歩いたの何時だったっけ?って言うほど積雪期にしか登っていないんだった。
僕は記憶を辿った。

そうだ、山頂で「故Iさん」を2時間近く待っていた15年くらい前が夏道を歩いた最後だったように思う。
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Iさんは国家公務員として勤め上げ、リタイア後は好きな山登りをして暮らすのだと言って、年間200日くらい山に入っていた。山行の集合場所へ来るのも自宅からではなく、鳥海山のテントからとか・・・そんな人だった。中でも泉ケ岳はIさんの一番好きな山で、年間100回近くは泉ケ岳へ登っていたようだ。
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 15年くらい前の夏、北泉ケ岳の山頂で、Iさんと出会った。
Iさん、「おーチバさん!焼酎の水割りでも一緒にどう?」
僕、「いーっすねえ!ご馳走になります。」
Iさん、「あっ、しまった!水持ってくるの忘れた!水汲んでくるから待っといてや。」
出身地の京都訛りが少し残るIさんの言葉に、僕は何の疑問も感じずに「待っている」と答えた。

しかし、いくら待ってもIさんは戻ってこない。1時間以上経って、やっとIさんが戻って来て冷えた水で焼酎の水割りを作ってくれた。
「どこから水汲んできたんですか?」
「この辺だったら水源しかないやろ。」
だったら、僕も少しは水を持っていたし何だったらストレートでも良かったのにー!僕は1時間以上、炎天下の山頂でじっと待っていたんだよー!
まあ、そうは言うまい。Iさんは冷たい水割りを僕に飲ませたくて炎天下に水源まで下りてダラダラ坂を登りかえして来てくれたのだ。
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Iさんと山行を最後にご一緒したのは平成18年の秋、ブナの会の薪荷揚げだった。
すこし痩せたIさんがすでに病魔に侵されていたことを僕は知らず人一倍の薪を背負っていたのを覚えている。その数ヵ月後、Iさんは床に伏してしまったけれど、再び長倉尾根を歩くことを語っていたそうだ。

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泉ケ岳~北泉ケ岳そして長倉尾根にIさんの魂は生き続けていることを思い出した北泉の山頂だった。

下山時は三叉路へは戻らず、四本桂(正しくは四本シナノ木)から△1155のピークに乗り上げ、
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上ソバ倉へと向った。
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展望が開けているこんな春の日は、ここへ来ない手はない。
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想像通りの展望が僕らを待っていた。

===========
「船形山のブナを守る会」では、3月26日(日)
北泉ケ岳をフィールドに早春の観察会を行います。
ブナの会の活動に興味のある方など参加してみたいと思う方は、僕宛にメールで①大体のお住まい②お名前③年齢をお知らせ下さい。具体的な案内を送ります。
事前の参加申し込みは必要ありませんし、当日の気分しだいで参加を決めていただいても結構です。(ただし、3月の残雪登山に自信のない方はご遠慮下さい)
メールアドレス=mt1500funagata(アットマーク)yahoo.co.jp
(迷惑メール対策で@をカタカナ表記しています)


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# by mt1500funagata | 2017-03-18 23:11 | 泉ケ岳周辺 | Trackback | Comments(2)

船形連峰、花染山。
そんなに厳しいイメージなかったんだけどなあ~。

実は花染山を経由して山頂を目指すルートを計画していた。
しかし、先週とは打って変わって厳冬期の表情を見せた船形山に、僕らは方向転換し花染山からブナ平を周回して帰って来た。

花染山の取り付きまで小荒沢林道歩いて50分くらいでしょ!
って歩き始めた林道入口。
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前夜、僕の住む船形山の麓の里にも降雪があった。
数日前から山に雪雲がかかっていたのは、毎朝の通勤途上に眺めていて分っていた。

でも、これほどの深雪になっていたとは思いも由らなかったのである。
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歩き出しから、ラッセル!ラッセル!
念のためにスノーシューを持って来ていて良かった。ワカンだったら太刀打ちできない積雪量の小荒沢林道だった。

林道から支線に入り、花染山の東端の支尾根から取り付いた。
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うーん、良いカンジに雪庇が発達してますねえ!
楽しい尾根歩きを思い浮かべ、この時点ではまだ山頂まで行けると思ってた。

楽しいはずの花染の尾根歩き。もちろん楽しいですよ!深雪のラッセルって雪山登山の醍醐味ですから・・・でも、疲れるんですね。
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先週は、青空と締まった雪に春山を感じたけれど・・・

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今日は深雪と尾根を跨ぐ強風に冬山を感じた。

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この尾根を跨ぐ北からの風が、花染尾根の雪庇を形成する。
北から吹きつける風がなければ、ここの素敵な白い回廊は出来ないのである。
北風さんにありがとうを言うことが出来て良かった・・・でも寒いんですね。

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この写真だけ見ると、すごく良いところ歩いて来ましたね!って言われそうだけど・・・実は大変なんです。

何が大変かって言うと、
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分ります?スノーシュー履いてる足が膝まで雪に埋まっているでしょ!
長さを1m35cmにセットしたストックが半分以上刺さっているでしょ!
林道から、この時点で約4.5Km 延々とこんなラッセルを続けて来ました!

こんな調子で歩いていれば、当初計画の6割歩いた所で、もうお昼。
目的地は、すでに変わっていた。
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先週は一般ルート標識20番からやって来た、小荒沢源頭部のブナ平へと方向を変えて花染の尾根を外した。

花染山方向から立ち入るブナ平は、ブナ平の中心部とも言える。
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見渡す限りにブナの単相林が広がる。
僕はここへ何回も来ている。そしてほぼ隈なくこのブナ林を歩き回ったこともある。何度かはこのブナ林にテントを張って、ここでブナと共に夜を過ごし朝を迎えたことがある。

来たことがある、通ったことがあるってだけでは、ブナ平のブナを語ることは出来ない。ブナと語り合うことなど出来っこない。

先週も来た。今日も来た。
何度来てもイイ。
だって、僕はここのブナ林が大好きなんだから。

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「花染ブナ」の近くに風よけのツェルトを張った。

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「花染ブナ」と「黒森ブナ」に乾杯!

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ブナ平の雪の上で「釜揚げうどん」を喰った。
先週も喰った。今日も喰った。
何度喰ってもイイ!
だって、僕は釜揚げうどんが大好きなんだから。

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雪庇は先週より発達していた。

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ここ数日の降雪で、山は冬の表情を取り戻したようだ。
今年は雪が少ないと言われていたけれど、去年より少し長く残雪期を楽しめそうです。

雪に覆われた小荒沢の源頭部を横断し、
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標識19番で一般ルートに合流した。

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多くの人が歩いたような一般ルートのトレースは、まるで高速道路のように感じる。深雪のラッセルに苦労した花染山の稜線を左に見ながら下山した。

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これからの残雪期、一般ルートの標識19番付近は注意してくださいね。
今は雪に埋まっている19番の谷側ですが(登りの時は右側。下りの時は左側)
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下の写真は、昨年12月に撮った19番です。
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夏道歩いたことがある方はご承知のことでしょうが、ぽっかり穴が開いています。
この写真では雪が積もっているので大したことないですが、深さ4mほどの窪みになっていて下は水が流れています。これから暖かくなると下のほうから融雪が進み、表面は雪面ですが下部はスカスカって状態になります。
踏み抜くと、ストンと落とし穴に落ちるように落下し、脱出は相当困難です。
実際に落ちた人もあり、その人は何とか自力脱出できたそうですが、疲れきった下山時にもし一人で落ちたら事故に直結します。
注意して歩くようにしましょう。


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# by mt1500funagata | 2017-03-11 20:51 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(4)

3月だよー!春だよー!
って訳で船形山へ向った。
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雪に覆われている旗坂キャンプ場の駐車場ですが、踏みしめる雪の感触はすっかり春。

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天気予報に反して朝の船形山登山口は青空に春の日差しが眩しいほどだった。

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早春の締まった雪は歩くのにちょうどいい。
春山だなー!って何回も声に出し、はしゃぐ気持ちを船形山のブナの皆さんに伝えたかった。


標識20番
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ここから一般ルートを外れる。
今日のひとつの目的地、小荒沢源頭のブナ平へと方向を変える。

ランドマークのない平坦な雪原だけれど、もう地図もコンパスも要らない通い慣れた道になった。(道ないですけど・・・)
僕は雪の山が大好き。しかもこんな天気なら申し分がない。
どこでも好きなところを歩ける自由度と開放感がたまらないのだ。

小荒沢源頭ブナ平に立つブナ。
左が「黒森」右が「花染」僕らが勝手に名前を付けて呼んでいたのだが、国立国会図書館にも所蔵される書物にこのブナの名前が明記されたことで、「黒森ブナ」と「花染ブナ」は歴史に名を残すブナとなった。
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船形山の中で僕が一番好きな場所。
「黒森」はここ10年で急に衰えが感じられるようになった。

10年前、平成17年5月の手前「花染」左奥「黒森」
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初めて訪れた当時の想いを2010年8月発行「みずといのちのみなもと ブナの森10号」に僕はこう綴っている。
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・・・(前文略)・・・そこは、ほとんど人が入ることのない原生林でした。胸高周り4m近い巨木もいたるところに目に付きます。誰もいないブナ林で巨木に抱きつき、違うテンポで刻む鼓動を感じると何百年生き続けたブナから自然の命とパワーを分けてもらえるような気がします。その中に樹齢400年はあろうかと思われる巨木が2本並んで立っていました。いかにも山の精霊といった雰囲気の巨木で、樹齢を重ね両方とも幹はごつごつしていて途中から太い枝も折れ、世代交代を待っているような老木であり、次の世代の精霊となるべきブナが現れるのを2人並んで見守っているような気がしました。花染山の北斜面と南東面はブナが伐採されてしまい植林地となっていますが、この2本の巨木の間に立つと、ここの周辺のブナはこの2本が守ってくれていたのではないかと思ってしまいます。
自然への畏敬、山の精霊、自然保護・・・ここのブナ林を歩いてみて改めて考えさせられることでした。そして、こう思いました「みんなも来てみればいいのに・・・」
・・・(中略)・・・「黒森」の根本から僅かに離れた残雪の上にテントを張り、同じ場所で一夜を過ごすことが出来ました。でも、精霊の宿るブナの巨木たちの会話を聞くことは出来ませんでした。何百年ものあいだ同じ場所に立ち続け、何百回もの季節の移ろいを繰り返してきたブナと私たちでは流れる時間の速度が違いすぎるからなのでしょうか・・・。
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あと少しで「黒森」は土に還る時を迎えることだろう。
僕はその時を見届けたいと、今強く思っている。
そして僕も土に帰る時を迎えたならば、この「黒森」の根本で下草が生える少しの役に立てれば、と願っている。
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世界中で僕ほどこの場所へ足を運んだニンゲンはいないだろうと思っている。
国有林であり誰が訪れたとしても構わない場所なのだけれど、僕の心の中では「ここは僕の場所」なのである。

花染山から続く尾根。
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ちょっと厳しいかな?って思ったけど雪庇のゆるい所を強引に尾根に乗り上げた。
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この素晴らしく素敵な尾根の上ををしばらく歩き、右へ折れて湯谷地尾根へと向った。
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今日やって来て良かった。
積雪が少ない今年ではあるけれど、奥山らしい積雪量の中を歩くことが出来た。

大滝キャンプ場~三光の宮間登山道の保野川渡渉点近く。
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雪解けが進むと保野川は増水し上流の崖から崩壊した雪のブロックが流れて来て、渡ることは出来なくなる。何年か前の4月に湯谷地側から激流となっている保野川を恐怖心を持って眺めていたことを思い出す。

湯谷地尾根。
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この尾根を真っ直ぐ登り、更に山頂下部の雪原を真っ直ぐ突っ切れば船形山山頂。だからここは一本道の「湯谷地尾根ダイレクトルート」と僕らは勝手に名前を付けている。

今日は山頂を目指さない。
標高1150m付近で湯谷地尾根を左にはずし、保野川の左岸に沿って升沢小屋へと向った。歩く人なんて滅多にいないって言うか皆無に近い、赤布なんて全然ないので地図を読み地形との照らし合わせが出来ないと、一本で小屋にたどり着くのは難しい。今日はGPS2台が装備されていたけれど、キカイに頼るようなことはしない。なんてったって面白くないのだ。

このルートで升沢小屋へ入るのは初めて。
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いつもの升沢小屋が新鮮に見える。

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最近船形山に入れ込んでいる或る人のブログに「山ヤなら吹雪の中でも冷えたビールを飲むものである(笑)」的なコメントを書き込んだ手前、冷えたビールで乾杯した。
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キュウリとツナフレーク、ミョウガ入りのつけタレで食べる釜揚げうどんが今日のメインテーマ。

一応、小屋の管理人として地下にもぐりバイオトイレの便槽を確認してきた。ガッチガッチに凍ってる。
これからの季節、この小屋を訪れる人も増えると思いますが小屋の周りの雪が消えるまでの間は、便槽は凍ったまま。トイレ室内のハンドルが回り難いようだったら、便槽が凍っているって事ですから無理に回さないようにしてくださいね。故障の原因になります。


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食後、小屋を出たら雪が舞っていた。
午前中は春山、午後は冬山と一度の山行でふたつの季節を楽しむことが出来る。
へこむどころか、むしろ嬉しい。
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青空の下の春山登山もいいけれど、雪山はやっぱりこうじゃないとね!
って冬期の山歩きを名残り惜しむように下山した。
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今回ご一緒した、もときちさんのブログ記事は↓↓↓こちら
http://tabilogue2.exblog.jp/23918006/


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# by mt1500funagata | 2017-03-04 22:03 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(2)

2月最後の週末、来週からは厳冬期って言えないよわ!

春が来るのは楽しいけれど、厳冬期が終わるのも少し寂しい。
今年最後の厳冬期の雰囲気を求めて山へ向った。
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踏みしめる雪と気温、風は厳冬を感じさせない。
春山だよわ!

お手軽に宮城県内としては結構な標高のところへいけるルートなので、踏み跡ガシャガシャ付いているかと思っていたけれど、先行者はワカンの2人だけだった。
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ぜんぜん厳しくないっす!
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風のある山頂で少しだけ厳冬期っぽい雰囲気を味わえた。
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登って来たのは蔵王連峰の後烏帽子岳。
主稜線側はガスに包まれて、360度の展望って訳には行かなかった。

標高こそ船形山より高いけれど、ちょっとズルすれば山頂までは難なく届く。
山頂ピストンでは、あまりにもヘナチョコすぎる。
前烏帽子を経由する周回ルートを選択した。
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前烏帽子岳への雪の廊下。
僕は船形山以外の山をあまり知らないので、この辺りの山隗ってもっと人が多く訪れるものとばかり思っていたけれど、誰~れとも会わなかったし踏み跡は全くなく赤布もほとんど見られなかった。
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前烏帽子岳で自撮り。
「知ってる」山と「行ったことがある」山とは違うって思っている。特に冬山では。
無積雪期に1~2度歩いたことがある程度の山を「知ってる」なんて、僕は言えない。
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夏道上の△1401はショートカットして、適当に斜面を下る途中の開けている場所から、七つ森笹倉山を眺めることが出来た。先般登った黒岩の壁も確認できる。
いつも向こうのほうから眺めている山から、今日は逆に眺める。
船形山は泉ケ岳のスキー場から上部はガスに隠れて見ることが出来なかった。
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太平洋側は青空が広がり、仙台平野から遥か仙台湾の向こうの牡鹿半島までの展望が開けた。

2月だってのに、すっかり春山だよわ!

(注)最近、関東や西日本の方も御覧になっているらしいので、少し解説!語尾の「わ!」について。
仙台弁かな?ほとんど意味のない「わ」ですが・・・
用例:標準語=「終わったの?」「終わったよ」
   仙台弁=「終わったのわ?」「終わったよわ」
こんなふうに、意味なく最後に「わ」を付けて普通に会話しています。


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# by mt1500funagata | 2017-02-25 23:10 | Trackback | Comments(0)