七つ森主峰、笹倉山の南斜面にある岩クラ。
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地元の人は黒岩と呼んでいる。

本来なら厳冬期である1月に訪れた願ってもない小春日和。
こんな日は、地元の里山である七つ森辺りで遊ばない手はないでしょう。
と言う訳で、笹倉山に登って来た。
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どこへ登るの?笹倉山です! クライミング道具じゃないですか?そうです!
笹倉山への登山口は北面の御門杉コースか難波コースが一般的ですが、今日は黒岩コースなんですね。

七つ森の座(くら)山信仰の源流を探るべく結成された?「同人nanatsumori」のメンバーであるmaro7さんとヨシコさんの3人チームで臨んだ。
僕らはクラ山信仰の源である七つ森のそれぞれの岩座に触れることを計画したのだ。
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原阿佐緒の墓がある龍巌寺の前を通り、伊達山林道を使ってアプローチした。
ヘルメットのヘタレマークに恥じない最短アプローチで、春のような柔らかい日差しを受けて歩き始め。

黒岩の下に出るまでも距離は短くても結構な急登だった。
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目の前に立ちはだかる岩。
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黒岩と呼ばれている割にそれほど色黒でもない。
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さすがに遠くからでもはっきり確認できる岩場だけのことはある。
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一段目の岩場をクリアするのにも相当な時間を要した。

上部の岩場はもっと厳しそう・・・
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maro7さんが先行して様子を見に行くが・・・
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逆層(岩の形状が下向き)の垂直に近い岩壁を登れるだけのクライミング技術は持ち合わせていないし、ヘルメットにも明示してある通り「安全第一」なので、ここは巻くことにした。
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巻きルートを偵察に行く僕を見守る素振りも全く見せずに日向ぼっこの二人。
巻きルートって言っても、落ちたらタダでは済まされないんですけどーーー!
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相かわらずキビシイですねえ。
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山岳ドキュメンタリー映画「MERU」を観た余韻が残っているとはいえ、ヤツ等と僕じゃあ全然話しにならない。なんたって僕は安全第一、ヘタレシールを貼ったヘルメットは伊達じゃあない。安全第一!

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垂直に近い岩場を避けたにしても斜面の状況はキビシイ。
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日陰の斜面には雪が残り、手元足下に細心の注意を払いながらの登り。
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やっと国見崎への尾根に取り付いた。ここまで来ればもう安心。

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尾根を真っ直ぐ登ってくれば国見崎。青空の下、太平洋が青く輝いていた。

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大森薬師堂の傍らにある、麓の宮床が生んだ女流歌人「原阿佐緒」の本名が刻まれた石灯篭。これは幼少の頃病弱だった阿佐緒(浅尾)の健康を祈願して阿佐緒の父が奉納したもの。

関連記事:笹倉山とうつし世の女(をみな)
http://bunatayori.exblog.jp/20745396/


山頂の薬師様にご挨拶して、薬師堂の裏手から西斜面を強引に伊達山林道へと下山した。
大森薬師堂と七つ森の七薬師との関連等についてのうん蓄を述べたいところですが、今日は黒岩ルートの登攀でお腹一杯なので別の機会にしましょう。
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西斜面から泉ケ岳方面の眺望。わずかに伊達山林道も見えている。

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お気軽登山として登る人も多い笹倉山だけれど、ルートによってはスリリングで面白い山登りが出来る。

===2月1日 追記===
結果オーライでしたが、今思えば岩場のトラバースと巻きルートの急登は安全確保の上ではザイル張るべきでした。どちらも落ちたら数m~数10mの墜落or滑落で軽傷では済まないと思います。
里山とは言え、ルートによってはシビアな対応が必要だったと思っています。


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# by mt1500funagata | 2017-01-28 22:56 | 七つ森界隈 | Trackback | Comments(2)

七つ森 六地蔵 四天王

七つ森の七薬師は有名だけれど
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七つ森の麓には六地蔵と四天王がある。

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六地蔵のひとつ「法性地蔵」。
ほかに「中野地蔵」「草の川地蔵」「永屋敷地蔵」「水地蔵」「延命地蔵」。
享保七年(1722年)宮床伊達家初代宗房夫人の松子(貞樹院松子・仙台藩五代藩主吉村の生母)建立と伝えられる。

四天王とは、
「要害天王」「山田天王」「新道天王」「芳の沢天王」
享保三年(1718年)建立。

七薬師掛け、六地蔵巡り、四天王巡り
一日じゃあ無理だと思いますが、全部やったら相当ご利益ありそうですね。

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七つ森の奥のほうにある滝。
「夢想の滝」というのだそうだ。
(七つ森観光協会発行「緑の古里七つ森を語る」による)

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滝の原温泉「ちどり荘」のすぐ脇にある。

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「瀧原不動明王」
安永三年(1774年)

関連記事:「滝の原不動明王」
http://bunatayori.exblog.jp/21629265/

時間的な制約がある休日は、朝に七つ森の近辺をウロウロする。

七つ森って登るだけじゃなくて、周辺を歩くのも面白い。


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# by mt1500funagata | 2017-01-21 23:14 | 七つ森界隈 | Trackback | Comments(0)

ブナの会で雪の薬来山へ

船形山のブナを守る会、新年の顔合わせ山行で薬来山。
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ここ数日の寒波で積雪に包まれた。

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コアメンバー20名が集まった。寒さや雪などお構いなし!と言うより、皆さんこの雪を待っていたようだ。

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やっぱ、せっかくの冬なんだから雪を掻き分けラッセルするのが冬の季節の登山の楽しみでしょう!・・・ひとりだったら泣きたくなるけど・・・

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薬来山では小規模なブナ林でさえも町指定の天然記念物となる。
でも、この近辺だけにブナが生えているって訳ではない。この近辺のブナだけが伐採を免れたってことに過ぎない。

現在、薬来山ではナラ枯れの原因となる「カシノナガキクイムシ」の調査が行われている。(下の2枚の写真は昨年暮れに撮影)
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雑木林の中に点々と枯れたナラの木を見つけることはありませんか?
カシノナガキクイムシは、偵察隊が「これだ」と思うナラの老木に目を付けたら、その木に集まるようにある種のフェロモンを出す。そして沢山の仲間を呼んで一本の木に集中攻撃をかけるのだそうだ。だからナラ枯れは一帯に広がるのではなく、点々と広がる。
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「かしながホイホイ」シートに集まるカシノナガキクイムシで発生の予察調査をする。木に巻きつけられたピンクのテープは調査のための大切なもので、ピンクテープには色々な意味があって、闇雲に道導として付けられたものだけではないと言うことを知らなければならない。

参加者の中には営林の専門家もいるので、こんな話しを聞けるのもブナの会の山行ならではのこと。

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南峯社殿は雪に覆われて

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山姥様も首だけ雪の上に出てた。

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それほど標高の高くない薬来山は積雪量が安定しない。同じ時期でも社殿の屋根が全く雪の下と云う事もあれば、社殿の前に立って鈴をならし参拝することが出来ることもある。

山に積もる雪は僕らの生活と深い関わりを持っているってことも知らなくてはいけないだろう。
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山頂付近からは大崎平野を一望にすることが出来るけれど、この広大な平野の水田を潤しているのは山に積もる雪。
東北の一大水田地帯である大崎耕土は現在「世界農業遺産」として申請中で現在一次審査を通過したところにある。
山に積もる雪がなければ、この水田農業システムも機能しなくなるって訳。

山頂からの眺めをただ眺めるだけでなく、踏みしめている雪と眼下に広がる景色との関わり合いを考える。

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これが船形山のブナを守る会の山行なのである。


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# by mt1500funagata | 2017-01-15 23:11 | ブナの会行事 | Trackback | Comments(0)

(番外編)MERU[メルー]

MOVIX利府で本日よりロードショー
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当ブログの趣旨とは違いますが・・・

封切日初回の上映を観て来ました。
山岳ドキュメンタリー映画、ラストに涙が出ました。


MERU[メルー]公式WEBサイト
http://meru-movie.jp/

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# by mt1500funagata | 2017-01-14 21:35 | Trackback | Comments(0)

七つ森、8峰全てを一望できる場所は少ない。
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昭和50年に編纂された「大和町史」の中、「黒川郡の神々」と題された一文によれば、
七つ森が大森山(笹倉山)を加えて七つとして数えられるようになったのは、伊達四代綱村の頃(西暦1700年前後)。中国の九魏峯になぞらえて七魏峯と称するようになったという。=注)魏の本当の文字には山冠がつく=
現在山頂に祀られる薬師像は近世のものであるが、(宝暦12年=1762年、伊達氏侍臣、八巻景任父子による)七つ森が霊異の山として黒川郡の人たちに崇められていた歴史は確実に古代までさかのぼる・・・。

そして、その一文には、古代からの神体山としての存在、さらに山中にある岩座(いわくら)つまり神座(かぐら)に関する記述もあった。

確かめなければならないと思った。その岩座(神座)に触れてみたいと思った。

しばらく前から、資料を集め現地の偵察を繰り返していた。

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七つ森の麓にある、石神山精(いわかみやまずみ)神社。

宮司の吉田さんからもお話を伺った。
「おらいは、もともと修験なのっさ。出羽三山で修行して最後に京都の聖護院さ行って法印をもらうのっさ」
延喜式内社の全くの神社だとばかり思っていたのだけれど、実は修験本宗の流れを汲む修験だった、七つ森は修験の山だったのである。境内にある湯殿山の石碑の意味が分った。
「七つ森の倉は岩座の座(クラ)神座の座(クラ)っさ」
僕は〇倉山の岩座の前に立ちたいと思っているのですが、そこが御神体山の神座なのですか?と問うた。
「斜面が急だから落ち葉で滑らないように気をつけなさい」
僕の問いには、はっきりと答えずに笑顔で言葉を煙に巻いた。
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Wikipedia七つ森に記載されている「山の名称には共通して倉の字が入っているが、これは岩を意味している」という解説は正しくないということですね。どんな参考資料よりも吉田宮司の口から発せられた言葉が意味を持つ。さらに、新七つ森と旧七つ森の比較表なども載せているけれど、本来、旧七つ森なんて存在しない。笹倉山を入れて七つと数えた時から「七つ森」となった訳で、それ以前は「七」と数を合わせる概念がなかったと言えるのである。(僕の考察です)

七つ森に関するうん蓄を続けようとすれば、数十ページにわたる長文になってしまいそうです。この辺で切り上げましょうね。


昨年、面白山大権現の御神体探索をご一緒した、ハンドルネーム:マロ7さんご夫妻とヨシコさんを誘って、いよいよ七つ森の岩座神座へと向った。
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どこへ行くの?七つ森です! クライミング道具じゃないっすか?そうです!

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いままでの偵察の結果、下から藪をこいで行くのは相当困難と判断して、上から目指すことにした。いったん山頂に登って目指す岩座まで下降するのだ。
しばらくは木立ちを頼りに慎重に下る。しかし、それも長くは続けられなかった。
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ザイルを出して懸垂下降。50mザイルを目いっぱい使った。
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最初の岩座のテラスに立つ僕。触れるだけで岩は崩れてくる。
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今にも崩れそうな岩がハングしている。長居したい場所ではなかった。
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テラスからの下降にもザイルを使用した。急ですよ!カラ身じゃ行けない。
テラスから降りて今度は急な斜面をトラバース。

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目指していた岩座。
ここが古代クラ山信仰、御神体山の神座なのであろうか?
確かめる術はないのだけれど、中世以前の人々が神の座と考えるにふさわしい岩場であった。
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岩に触れてみる。 
毎朝毎晩眺めている七つ森の懐の真ん中に抱かれているような感覚を持った。
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こうして見上げてみると、古代の人だったら、いや現代人の僕であってもここには神様がいるんだろうなあ~って感じる場所だった。

それから、それから、、、!
今まで、どんな書物にも書かれていないし誰からも聞いたことがなかった凄いものを発見した。
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岩場のトラバース中に、
「あれー!あんな所に洞穴みたいのあるよー」とヨシコさん。
「行ってみるしかないすぺー!」とマロ7さん。
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洞窟だった。
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高さ1mちょっと、奥行きは3~4mくらいか?
平に固められた洞窟の奥には、ヤマグワの種が混じったツキノワグマの糞が残されていた。入口近くの右手には30~40cmくらいの棚のような下が平らな窪みがあって、火を焚いた痕跡とか岩を削った痕跡とか人の手が関わったような跡がないかを探したけれど、見つけることは出来なかった。
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床面はまっ平で、座ったり寝たりするのに充分すぎるほどの快適な洞窟の内部だった。岩がゴツゴツした壁面や天井面と見比べると、不自然な程まっ平な床面。七つ森修験の行者が修行した洞窟のように思える。もし、そうだとして、そうでなかったにしても、この洞窟に僕らの前に人が入ったのはいつのことだろう・・・なんて考えると気持ちの高まりは抑えきれないものがあった。皆おなじ気持ちだった。
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七つ森の山中に、こんな場所があったなんて!
多くの人が訪れる身近な里山ではあるけれど、深い興味を持って深く歴史を調べ深く山中に分け入れば、こんな楽しみ方も出来る。
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累々と広がる落石の斜面をトラバース気味に下山した。
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七薬師掛けは、僕は何度か行っている。
七峰を登っては下りまた登るという大変な山行である。
さらに今日の山行で七つ森の七掛けという横軸的とも言える平面的な広がりに、深さという縦軸も加わったように感じた。

興味のある方は、県立図書館に資料があります。それらの資料を紐解いて訪れてみてください。そこから始めるのが一番面白いと思いますよ。


興味深いことが多くて時間を忘れ、昼飯は陽がとっぷりと傾いた頃になってしまった。
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三つめのすず沼からクレソンを頂いて、甘い水の泉のほとりでクレソン鍋を囲んだ。


今までで、一番面白い七つ森でした。


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# by mt1500funagata | 2017-01-07 23:00 | 七つ森界隈 | Trackback | Comments(4)

新年明けましておめでとうございます。

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七つ森鎌倉山から昇る初日の出。

初日の出のあとは、七つ森の奥にある三つ目のすず沼へと向った。

関連記事「三つめのすず沼」
http://bunatayori.exblog.jp/25685667/

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僕はこの場所をよく訪れる。
この「すず沼」の水源になっている泉の水がとっても甘いから。

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七つ森の奥の森の中から湧き出ているこの泉を僕は「甘い水の泉」と呼んでいる。

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今日やって来た目的は・・・

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クレソン摘み。

厚い絨毯のように敷きつめられている場所から摘む必要はない。
端っこのちょっとした場所から少しだけ頂いてくる。

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甘い湧水で育ったクレソンは甘く感じる。
ナメコは12月の下旬まで採れた。これから5月くらいまでクレソンを摘む。

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家から車で25分、車から歩いて10分。
僕がここのクレソンを摘みに来るのは特別なことではない。

ちょっと鍋の材料採ってくるわ・・・って感じの日常のこと。
世間ではセリ鍋が人気ですが、クレソン鍋も美味いですよ!
もちろん、サラダでも炒めても美味い。
正月は雑煮に入れて、クレソン雑煮。

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この水のように、清らかな気持ちで一年が過ごせれば良いですね。


本年もよろしくお願いします。
平成29年 元旦
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クレソン雑煮の写真を追加します
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# by mt1500funagata | 2017-01-01 23:09 | 七つ森界隈 | Trackback | Comments(2)

撤退は正解だった。

暮れの休みの一夜を船形山中腹の升沢小屋で過ごすつもりだった。
昨年は上手い具合に升沢小屋に泊まることが出来たけれど、今年は升沢小屋どころか三光の宮までも行くことが出来なかった。

12月30日の明け方、風の音で目を覚ました。升沢小屋に泊りに行くつもりの僕は少し心配になった。升沢小屋まで行けるだろうか?
まあ、行けるところまで行ってみよう。家を出たのは、かなり日が高くなってからだった。

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入山届所の沢渡(さわたり)は降雪。里は青空が広がっていたけれど向こうの山のほうは真っ白。
例年と比べて異常なくらい積雪が少ないけれど、やっぱり、冬です。

旗坂キャンプ場に向かう僕の車の前に、何か獲物をくわえたキツネが飛び出して来た。慌てて車を止める僕、一瞬立ち止まり踵を返して森へ駆け込むキツネ。乾いた冷たい吹雪の森で営まれている野生を垣間見た瞬間だった。

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旗坂キャンプ場も雪は異常に少ない。でも降雪。

登り始めは快調だった。先行者が一人いてスノーシューの踏み跡をたどった。
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旗坂平、降雪。
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一群平、降雪。
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金崎平、降雪。

じきに先行者とスライドしトレースも長くは続かなかった。さあ、これからは深雪の一人ラッセル。積雪は50cmから1mくらいなのだが、12月の新雪は丸々足が沈んでしまう。先行者も「やんだぐなって」引き返して来たのだろう。気持ちは十分わかります。

鳴清水付近からは吹雪。
小荒沢の谷筋に沿って吹き抜ける風が地吹雪となって容赦なく襲い掛かって来る。

前に進めない。
5歩進んで10歩分の時間立ち止まる。かなりの時間をかけてやっと標識20番まで来れば風は少し収まったものの雪は深くなった。

この調子では、升沢小屋まで到達は無理。つーか「やんだぐ」なりました。
せめて三光の宮までなんて気持ちもサラサラないです。

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標識17番でUターン。
秘密のビバーグ地点へと向きを変えた。
「やんだぐなった」あたりで撤退するのがちょうど良い。

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二度目の標識19番を過ぎた後、恥ずかしい話少しルートロスしてしまった。フードをかぶり吹雪に顔を伏せて歩けば視界は10mかそこら。気がつくと僕は深く落ち込む谷の崖っぷちに立っていた。あれ!? フードを上げて周りを見回すと谷の向こうに尾根がうっすらと見える。頭の中で地形図が展開する。あー、この沢はアノ沢だ。GPSを取り出そうかとも思ったけれど、僕の記憶のほうが早かった。吹雪の切れ間、左手に見覚えのある二つの小高いコブが見えた。間違いない、知らず知らずに右に寄って歩き過ぎたようだった。方向を修正し歩き直したら真っ直ぐ標識23番に行き着いた。

あとは秘密のビバーグ地点へと一直線。
明るいうちにツェルトテントの設営は終わった。
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ホッと一息coffee brake。
撤退は正解だった。
この冬初めてのラッセル登山で、両足のアチコチが痙攣起こしたように痛みが走った。

薄暗くなってきたけれどまだまだ夜は長い。
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バーボンのお湯割と星野道夫の本で、厳冬の宵の時間を過ごそう。

真っ暗になってきたら、そろそろ晩めしの準備。
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レトルトの赤飯とボイルウィンナーに味噌汁。ひとつのコッフェルでお湯を沸かすだけの簡易版。
一人の時はこんなもんです。

調理に火を使うとテント内の気温はすぐに上昇する。
+2℃になった。寒くない。普段過ごしている自室の気温と3度くらいしか変わらない。僕の部屋にはエアコンもストーブもない、窓は開けっ放し。ほぼ外気温とそう変わらない中で過ごしている。

多くの人が原発反対を叫び、地球温暖化を憂いている。エアコンの効いた涼しい部屋で・・・ストーブ焚いた暖かい部屋で・・・。

厳冬期の雪山でテント泊とかしてみたらどうだろう?身体も慣れるし寒くない重ね着の知恵も付くんじゃない?

夜中も寒くて目が覚めることはなかった。
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テント内の温度は0℃前後だったけれど、それなりに着込んで潜り込んだシュラフの中は暖かい。

夜明け前に起き出して空を眺めれば、雪の付いた樹木越しに北斗七星が輝いていた。日の出に合わせて写真を撮ろうと思って、場所を探しているうちに空は曇り始めた。

沢のほうに行ってみた。
空が桃色に染まったのは、ほんの僅かな時間だけだった。

一回りウロついたら、テントに戻って朝飯の準備。
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あれっ?昨夜と同じ?
そう、同じ。

朝飯の後はまたシュラフに潜り込む。
この時間が堪らない!

さて、そろそろ帰る準備をしよう。

平成28年最後の登山を船形山で終えた。思惑通りには行かなかったけれど、ひとり山中で過ごす夜を静かに楽しんだ締めくくりだった。


今年一年ありがとうございました。
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平成29年が皆様にとって良いお年になりますよーに。


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# by mt1500funagata | 2016-12-31 22:52 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(0)

薬来山に登って来た。
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一般的な登山道はスキー場脇の大鳥居をくぐり階段を登るのだけれど、今回は反対の西側の尾根を登った。

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暖かい日が続いたせいで積雪はほとんどなかった。せっかく冬に登るのだから多少の積雪は期待していたけれど・・・

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積雪は冬を感じさせない、気温も冬を感じさせない。
西から吹いてくる風だけが冬を感じさせた。

このルートは、僕が山登りを始めた頃からお世話になっている加美町に住むIさんのお気に入り。若い頃は盛んに沢を登り、厳冬期の厳しい山にも登るIさんは一人でふらっとこの道を歩く。Iさんにとって薬来山は身近な愛着のある山なのだろう。僕にとっての七つ森周辺の山と同じように。
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朝起きれば薬来山はそこにある。薬来山を眺めながら出勤して、帰りは薬来山が迎えてくれる。小学校の頃から学校登山で登り、元旦登山は毎年行われる。
僕は宮城の山に愛着を持っています・・・でも、薬来山に対する愛着心は加美町に住まうIさんとは比較にならない。

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山頂が近づいて来た。相変わらず西風だけが冷たい。
下部では、ナラ枯れの原因を作る「カシノナガキクイムシ」の発生予察調査のための目印となるピンクのテープが所々にマークされているけれど、この辺は赤布もなく静かな雑木林が広がっている。

地形図とコンパス持って歩いてみたらいかがですか?簡単なルートファインディングの練習になると思います。薬来山は独立峰なので、もし分らなくなってもとにかく上を目指せば山頂に出るし、下に向えば道路が一周しているので彷徨してしまう心配はないです。
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僕もGPSの軌跡は取っていたりするのですが、公開しないのは軌跡を辿る歩き方はやめたほうが良いと思うからです。地図読み出来ずにGPSに頼って積雪の船形山に登ってきて、結局迷ってしまった人ととんでもない所で出会ったこともあるし、5月の連休の頃には三光の宮~升沢小屋間で迷った人を引っ張ったことも1度や2度ではない。僕もGPSで確認はするけれど、頼るのは道具。GPSを安全の為に持つのは良いことだけど、頼るのはいかがなことか?と思っています。
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里山のGPS軌跡の公開について、ついでにもうひとつ言わせてもらえば、心情的な部分ですかね?薬来山の一般的なルートではないこのルートをほかの町からやって来た僕が赤線引っ張った地形図をネットで公開すれば、静かな山歩きを楽しみたいと思っている前述のIさんらは快くは思わないだろうと思う。
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登山道に残された沢山の動物の足跡を見るのは楽しい。
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北峯社殿の屋根にはテンの足跡が残っていた。屋根に上って僕らが近づいてくるのを見張っていたのか?

今日の薬来山は僕らの貸切だったようだ。

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いったん下山してメシの場所を探す。
荒沢湿原の奥の林道も積雪が少ないので、結構奥まで車を乗り入れることが出来た。
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麓は風もなく穏やかな冬の晴れ日。

荒沢湿原の観察館のウッドデッキに、森のレストラン「ヒゲパクリ亭」がオープンした。
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本日のメニューは「焼きそばナポリタン」
船形山を根城にする、ヒゲの写真家桜井氏の得意メニューのパクリであります。
先々週ごちそうになって、すごく美味かったのでパクってみた。
安くて簡単で美味い!タバスコをたっぷり加えれば身体も温まる。
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冬だからこそ野外料理。
風さえなければ寒いのは平気。
未だに僕の部屋には暖房がない、窓を開けっぱなしで眠る。

厳冬期に向けて耐寒訓練してますかあ~?


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# by mt1500funagata | 2016-12-24 22:35 | Trackback | Comments(5)