今日はNHKの取材班と一緒。
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近いうちにNHKにも出るよ。
放送日は近日中ってことで未定ですが、はっきりしたらご案内しますね!


<< 第一章 愛でる自然 >>

星野道夫は言った。
自然には二つの自然があって、ひとつは僕らが目にすることの出来る自然。
もう一つは、僕らが目にすることが出来ない自然というか野生の営み。
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名前もなければ道もない山の北斜面一杯に咲き誇る春の花。
訪れる人はほとんどいない。
もし僕らがこの時期にここへ来なかったとしたら、見渡す限りに広がるこのお花畑は誰の目にも触れず、花を落として夏を迎え秋になり、そして雪に埋もれて行くのだろう。

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遊歩道が整備された里山や花壇に咲く花と違って誰にも見てもらえない花たち。
誰に見せる訳でもないのに、こんな可憐な花を咲かせる。
そんな場所が僕は好きだねえ。

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広い湿原のミズバショウを見るために、これまた道のない尾根を行く。
もう少し回り込んで尾根から湿地へと下りるつもりだったけど、やめた。

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クマがいた。
この広い湿原に来る度にツキノワグマの足跡は残雪の上に見ていた。

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でも、ここで実際にクマを見たのは初めて。
距離は70~80m、クマは僕らに気づいておらず一心にミズバショウを食べていた。

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僕も安心して見通しの良い場所に移動したりして、クマの食事風景を眺めていることが出来た。

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最初にクマを見つけたのは12時35分、クマが森へ帰って行ったのが13時08分。
30分以上に渡ってツキノワグマを眺めていたことになる。

周りにはイワウチワの花が咲き、木々の緑は生まれたてのように瑞々しく、春の日差しは暖かく身体を包んでくれる。小高い尾根の上から眺める自然と野生。
とっても良い時間を過ごすことが出来た。

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多くの人が訪れる七つ森、たんがら森と鎌倉山にはさまれた通称ムーミン谷。
ニリンソウは最盛期を迎えていた。

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こうして、ツキノワグマを観察し花を愛でる。
そんな一日を過ごして来た。


<< 第二章 見えざる野生 >>

船形山麓 嘉太神林道

先週の日曜日の夕方、カモシカの死体を見つけた。
*この件は県の自然保護課へ報告済み。特別天然記念物であるカモシカは死体を見つけた場合、正規ルートとしては発見者が市町村の教育委員会に報告する。そして県から国へ特別天然記念物の遺失届を提出することになる。

ここでは、僕らが日常の生活をしている時、あるいは眠っている時にも野生の営みは行われている。
センサーカメラをセットしていた。

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テンが喰いに来る。

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キツネもやって来た。

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タヌキは集団でやって来た。

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イノシシも様子を伺いに来たようだ。

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タヌキに追い払われるキツネ。
この戦いはタヌキに分があったようだ。タヌキが去った後にキツネが喰っていた。

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ツキノワグマはあとからやって来て、周りのタヌキたちは黙ってみているだけ。
ツキノワグマはカモシカの肋骨をバリバリと喰い、そして自分のものだと周りのタヌキたちに誇示するようにカモシカの首根っこを咥えて山の斜面を登り持ち去った。

おそらく4月16日に死んだと思われる嘉太神林道脇のカモシカ。
僕らが日常の生活をしている時間あるいは眠っている時間の中での野性の営みによって、4月22日には地面に毛を僅かに残すだけになった。
山の中で死んだカモシカは山のケモノたちの手によって一週間で消失した。

僕らが直接目にすることの出来ない、見えざる野生である。

====
全て動画撮影ですが、訳あって公開は先送りです。


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by mt1500funagata | 2017-04-22 22:35 | 野生動物との出会い | Trackback | Comments(2)

日テレNEWS24

ミズバショウを喰うツキノワグマ
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前記事でテレビ放映のお知らせを致しましたが、他県の方や見逃した方は下記の「日テレNEWS24」から御覧になれます。
(スマホでは再生できないかも知れません。PCだけかな?)
http://www.mmt-tv.co.jp/cgi-bin/news/news.cgi?movie=news_23275731.wvx



僕の撮影したオリジナル動画は、まだ公開できない事情があります。
昼間1本、夜間2本ありますが、もう暫くお待ち下さい。


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by mt1500funagata | 2017-04-18 22:04 | 野生動物との出会い | Trackback | Comments(4)

テレビ放映のお知らせ

先般の記事で取り上げた、ミズバショウを喰いに来たツキノワグマがテレビで放映されます。
本日18日 午後6時15分から45分の間、
ミヤギテレビ「OHバンデス!」のニュースコーナーでの放映予定です。
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今日の早朝から現地ロケを行いました。

僕も映るよ!


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by mt1500funagata | 2017-04-18 12:10 | Trackback | Comments(2)

船形連峰 船形山から泉ケ岳
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ブラタモリでお馴染みの赤色立体図、4月1日から無料ダウンロードが可能になった。
毎日飽きることなく就寝前の30分眺めていると、尾根を繋ぐ面白そうなラインが見えてくる。

と言う訳で、本日は縦に一本ラインを描きに行って来た。

泉ケ岳の駐車場に車を1台デポして旗坂キャンプ場へ。
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スタートはお馴染みの旗坂駐車場、でも今日はふくろう橋を渡ってキャンプ場から升沢遊歩道へ向う。

残雪の遊歩道を少しだけ歩き、第一目標の△697への登りでは一部雪が消えて、
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春の花が咲き始めていた。

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△697からは昨年と比べると豊富な残雪に覆われた尾根歩きとなる。
でも、今の時期の雪庇は油断ができない。春の日差しを浴びた樹木から地表に熱が伝わり、表面はしっかりしているように見えても中はスカスカってことがある。

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青空に映えるマンサク。この時点では青空の下の快適な尾根歩き。


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第二目標の787ピークへ向う尾根。

ピークは目視出来ているので、ルートファインディングの必要はない・・って言うか、見えているピークに向って登るだけ。

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でも、ちょっと急。
ツキノワグマは今朝方、この急斜面を横切って行ったようだった。

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787ピークから一旦少し下って、大倉山への主尾根に向う尾根。
スカスカだった。アブナイ!アブナイ!

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ブナの単相林が気持ち良い、広々とした尾根。
歩く人ってほとんどいないんだろうなあ~。

右手からの支尾根が合わさると、いよいよ大倉山への核心部。

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最後のヤセ尾根へと突入。船形山からの風がまともに右から吹き付ける。
ここも左側はスカスカの恐れがあるので、なるべく雪の上には乗らないように、地表ぎりぎりを慎重に歩く。

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大倉山の断崖が右手目の前に迫って来ると、山頂の東屋も見えて来た。

山頂直下で振り返ると、
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つないで来た尾根筋が分る。写真左上のピークが878。

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あーぁ、東屋の脇の爺さんの木もついに倒れてしまった。

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大倉山からの広い尾根を北泉に向って一直線。あとは夏道を辿るだけなので、地図もコンパスも必要ない。

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青空が出ているけれど、たまたまタイミングの良かったほんの一時のこと。
ほとんど風雨に晒されての尾根歩きだった。

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北泉ケ岳の山頂はガスに覆われて展望は無し。

旗坂を起点とした北から南へ一本のラインを描き終えた。

ここまで誰とも会っていない(当たり前だけど)。
山頂にも誰もいなかった。

誰かと会わないかなあ~、旗坂から尾根を辿って縦走してきたんですよ!って誰かに得意になって話したかった。
なんて思いながらフツーに下山していたら、単独男性とスライドした。
「どこから登ってきたんですかあ~?」
声を掛けて来たのは、相手のほうだった。
「旗坂からです」と得意顔で僕が答える。
「えっ!?旗坂からですかあ!」
ドヤ顔の僕は聞いた「あなたは?」
「定義、横川林道からです」と得意顔で相手が答える。
「えっ!?定義からですかあ!」
ドヤ顔の彼は地形図を取り出して、「定義からこのラインで登って来ました」
彼も誰かに得意になって話したかったんだろうなあ~。
お互いに地図を見せ合って、ドヤ顔同士の情報交換。
引き分けってとこか。

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四本桂を早足で通り抜け、麓の広島風おこのみ焼き「むかご」へと向った。

関連記事:「四本桂の真相を探る」
http://bunatayori.exblog.jp/26533052/



スタート地点へ車の回収へ向う途中、升沢の県道から。
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旗坂から北泉ケ岳って意外と近かった。


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by mt1500funagata | 2017-04-15 22:47 | 泉ケ岳周辺 | Trackback | Comments(2)

船形山の麓、嘉太神地区

ミズバショウ 4月5日
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ミズバショウ 4月8日
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ミズバショウ 4月12日
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ミズバショウ 4月12日
ツキノワグマに喰われていた
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ツキノワグマがミズバショウを喰ったのは4月10日午後5時前後。

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毎年、ヤツは冬ごもりから目覚めたら、ここのミズバショウを喰いに来る。
昨年は3月27日から4月2日の間に来ていたことを僕は知っていた。

僕はミズバショウを喰うツキノワグマの仕草をどうしても見てみたいと思った。

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カイシャインであり自由人ではない僕の自由な時間は限られている。
一日中ここで見張っている訳には行かない。

どーしても見たい・・・
キカイに頼った。


4月10日午後4時55分
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センサーカメラはミズバショウを喰いに来たツキノワグマを捉えていた。

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翌4月11日午前10時41分
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再び現れたツキノワグマは据え付けていたカメラを齧り地面に落としやがった。


4月12日の早朝、点検に行った僕が見たのはツキノワグマに喰われたミズバショウの株と齧られ落とされたセンサーカメラだった。

カメラが無事で良かった。

動画撮影ですが、とある事情により動画の公開は来週になりそうです。
乞ご期待!


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by mt1500funagata | 2017-04-13 22:41 | 野生動物との出会い | Trackback | Comments(2)

どーして今まで気が付かなかったんだろう?
花染山尾根から湯谷地尾根、そして山頂までの一本道。
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今まで歩いたことのあるルートをつなげれば船形山頂までの新しいルートが出来上がる。
このルートを思いついてから、登山って言うより僕の船形山の地図に新しい一本のラインを描きたいと思っていた。

旗坂から花染山までの小荒沢林道の歩きはアプローチ。
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締まった雪を期待していたのだけれど、歩き始めて15分でワカンを履いた。

小荒沢林道を1時間ちょっと歩き、支尾根を登り取り付いた花染山主尾根の東端。
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ガスに包まれた幻想的な尾根もまた良い感じ。

日差しはないが、身体に感じる空気はやはり春なんだなあって思わせる。
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久しぶりに個人山行でご一緒するKさんと花染山山頂。

山頂の避難小屋が新築されたと同時に僕ら二人は船形連峰御所山連絡協議会から、大和・色麻・加美の三町からの委嘱という形で管理人を引き受けて来た。そして升沢避難小屋については改築計画が持ち上がった当時から再建検討委員の一員に任命され、新築後は山頂小屋と兼任で升沢小屋の管理人を委嘱された。
Kさんは船形山登頂700回を数える。誰よりも多く船形山に登り、誰よりも深く船形山のことを知っている。
この花染山尾根の白い廊下を僕が初めて歩いたのも、Kさんに連れられてきた平成12年4月のことだった。

(旧)ブナの便り 平成12年4月9日
http://funagatayama.web.fc2.com/000409.htm
当時は歩く人は、ほとんどいなかったように思う。Kさんも僕も当たり前だが17歳若い。一緒に書いてる石の堂の磨崖仏もそれが薬師如来であると分っていない当時のことだった。

見通しの利かない花染尾根を歩き切り、三光の宮への尾根との鞍部から湯谷地尾根へ向う道筋ではガスは晴れ、時折薄日も差した。
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豊富な積雪に覆われた保野川を横断し、
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湯谷地尾根に取り付いた。
花染の尾根にはワカンやらスノーシューやら足跡が沢山残っていたけれど、この尾根に足跡はひとつもない。
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最初の登り途中で右手に湯谷地。この尾根の名称は無い(と思われる)僕らは勝手に湯谷地尾根と呼んでいる。

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尾根から尾根を結ぶ、とっても良いルートだ。
最初の地図を見れば、誰でもどこを歩いたかはすぐに分るだろう。
僕はブログに詳細なルート図を載せない。なぜならば、ここは「僕のルート」だから。
もし、あなたが同じルートを歩いたとしても上記の地図を参考にあなたが自分で地形図に予定ルートを書き込んだ上で歩いたとしたら、それは、「あなたのルート」となる。

ルート図を載せる意味としては、前人未踏の困難なルートを開拓したときの記録とか、歴史を調べ何度も通い、例えば藩政時代の歴史的な古道を紹介するなど、偉業もしくは文化歴史的に価値のある場合くらいしかないと思っている。


升沢小屋の北に位置する1224mのピーク。
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僕らは勝手にビーバップピークなんて呼んでいたのだけれど、古い地図に名前を見つけた。
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滝山岳という名前がついていた。

山頂手前の雪原への急な登り辺りから、また回りはガスに包まれて見通しは数十メートル。
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この急な登りを終えたら、雪原の向こう真正面に船形山の山頂が三角形に見える筈なのだけれど、
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今日は真っ白。
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目標物のないガスの中、コンパスと経験を頼りに方向を定め一直線に標高を上げて行った。

どんピシャ。
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真っ正面30mほど先に山頂小屋の影が浮かびあがった。


今日のルートは地形図見てルート探せる人だったら誰でも歩ける。
あとの人がルートを探す楽しみを奪うような事はしないほうが良いし、その楽しみが分からない人は冬のバリルートを歩く資格はない。そして、もし誰かがこのルートをGPS軌跡ですなんて言ってブログとかで得意になって載せたとしたら、船形山に並々ならぬ思い入れを持っている僕らとすれば面白くない。

ほかの山にも、それぞれ同じようにその山に強い思い入れを持っている人っているんじゃないかなあ?ゴミがあれば拾って歩き、藪っぽくなっているところがあれば刈り払いをし、山小屋のトイレの掃除をし、トイレのし尿を担ぎ降ろしたりしているKさんみたいな人が。
だから僕は概要は載せるけどルート図は載せない。ルート図はヤマ●コとか一般登山道の情報共有だけでいいんじゃない?

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山頂を少し下ってきたら視界が開け、目指す升沢小屋が眼下に見える。
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升沢コースを積雪期ならではの最短ルートで下山する頃には、ブナ林に日が当たるまで天候は回復した。

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旗坂~小荒沢林道~花染山~湯谷地尾根~滝山岳~山頂~升沢コースと旗坂を起点にした船形周回ルートを下山してきた僕らをマンサクが迎えてくれた。

30年来向き合って来た船形山。
僕の地図に新しい一本のラインを描き終えた一日となった。


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by mt1500funagata | 2017-04-08 22:33 | 船形山界隈 | Trackback | Comments(2)

船形山麓を根城にするヒゲの写真家、桜井洋次氏が主宰する
「森の仲間の写真展in船形山麓」
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ヒゲの写真家は語る。
・・・船形山麓で森の365日を愛でる。そこに、あてがわれた風景は一つも無い。枯れ葉一枚に巡らす想像力と好奇心。それがシャッターを切らせる。あなたの感性で被写体は無限に広がる。

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せんだいメディアテーク
4月12日まで開催です。

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森(ヒゲ)の写真家、桜井洋次さんの写真は↓こちらで御覧になれます。
http://morinozikan.com/index.html
「森の時間」 ギャラリーは=森の記憶=




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by mt1500funagata | 2017-04-07 12:46 | Trackback | Comments(0)

七疑峰(ななつもり)
其山形聳然として犬牙相列り。人常に指示す。何れの峯巒なる事を疑ふ。故に郷人七つ森と呼。
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===うん蓄 その1===

七つ森が「七つ森」と呼ばれるようになったのは、仙台藩4代藩主伊達綱村(1659年~1719年)以降のこと。

仙台藩の儒学者、佐久間洞巌が1719年に完成させた仙台藩の地誌である「奥羽観蹟聞老志」に登場する。
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ちょっと分りづらいですね。
「聞老志」の改訂版とも言える「封内名蹟志」(1741年)の書き下し版を見てみましょう。
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仙台藩地誌の最終版とも言える「封内風土記」(1772年)
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よーするに・・・・・

宮床村と吉田村に跨がり連なる七つの山があって、この地を訪れた先君肯山公(伊達綱村)が
「この山並みは牙のように列していて格好良いじゃん。そうだ!中国に九つ並んだ九疑峰って名勝があるらしいから、この地もそれになぞらえて七疑峰(ななつもり)って呼ぶようにしようぜ!」
「さすがは殿!素晴らしい思いつきでござる。郷の者にも七つ森と呼ばせることにしましょう」
こうして土地の人々はこの地を「七つ森」と呼ぶようになった。
   
                   ・・・・・ってことでしょ?

注)九疑峯=中国寧遠県南部にある名勝地。名の通り九つの峯からなる。中国五帝のひとり「舜」の終焉の地とされている。
=====

一通り、七つ森の名前の由来うん蓄を語り終えたら「九掛け」へと向いましょう。
ご承知の七峰+たんがら森を含めて八掛けを行う人も多くいるけれど、今回は「九掛け」なのだ。
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七つ森へ行くときは↑こんなシートを作って持っていくと楽しさが増す。以前は南川ダムの資料館でこんなシートを配布し完成した人には記念品を渡していた。

七薬師掛けを行う場合、信楽寺(しんぎょうじ)跡を起点として松倉山から登り始めるのが一般的だけれど、玉ケ池を起点として、たんがら森を経て遂倉山から登り始めるのが正しい(私的見解です)
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この順番は、七つ森に関わるもう一つの「朝比奈三郎伝説」に由来するのと同時に七仏薬師信仰を考えれば最終目的地の大森薬師堂に遠いところから始めるのが本来であろうと思う。

朝比奈三郎という大男が弓の的を造るため品井沼から大きな背負い篭(たんがら)で土を運び、タンガラからこぼれた土がタンガラ森となった(諸説あり、土地ごとに内容は変わる)朝比奈三郎とは実在の人物(鎌倉時代の猛将、朝比奈義秀)であり、その伝説は鎌倉時代へと遡る。

===うん蓄 その2===
国土地理院の地図に「たがら森」と記載されているけれど、旧称「龍ケ森」と書いて「たんがら森」と読むのが正しいのではないか?と思っている。
今回、九掛けって言ってますけど、九ってのは上記7つの倉山と「たんがら森」と「どんがら森」を足して九ってこと。
どんがら森って松倉山の南にある標高91.5mの山って言うよりこんもりした森。
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「堂ケ森」と書いて地元の人は「どんがら森」と読む。
手前の石碑は、鎌倉時代のものである「草野川碑」右奥は松倉山。上の「封内名蹟志」をもう一度見てください。草野川のことが書いてあるでしょう。
背負い篭のことを「タンガラ」と言い、中身がなくなって骨組みだけになったものを「ドンガラ」と言う。
つまり、朝比奈三郎が七つ森を作り終えて、空になったタンガラを置いた所が「堂ケ森=どんがら森」なんじゃないか?と僕は考察する訳です。
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玉ケ池のほとりにも鎌倉時代の石碑がある。
草野川もかつては風光明媚な場所であったのであろう。
様々な文献を調べ、地元に伝わる伝説や民話を聞いて回ると、鎌倉時代には玉ケ池と龍ケ森(たんがら森)、草野川と堂ケ森(どんがら森)がそれぞれセットになって、遂倉山から松倉山までを挟む中世以前の自然信仰があったのだろうとの推測が導かれるのである。

南川ダムの上流に「蛇石せせらぎ公園」ってあるのご存知ですか?
蛇石(じゃせき)ってのは、今はダムに沈んでしまったけれど大きな蛇の頭のような石があって、その蛇石は玉ケ池の大蛇伝説に由来する。
堂ケ森の近くには「蛇神様」が祀られていて、こちらも蛇。
蛇に挟まれた六つの岩山の磐座(いわくら)信仰。そこから見えて来るのは、古代自然信仰の神「アラハバキ」。(興味のある方はアラハバキでググってみてください)

七つ森って、古代から自然信仰の対象となっていて、それぞれのクラ山(磐座)に神や祖先の魂が宿ると考えたクラ山信仰に朝比奈三郎伝説が重ね合わされ、修験道と薬師信仰が習合し、さらに近世になって七疑峰と呼ばれるようになったのに合わせて七仏薬師信仰へと発展していったのだろう。(僕の私的見解ですが、あながち的外れだとは思っていません)

*関連記事「七つ森、信仰の源流を探る」(ぜひ読んでみてください)
http://bunatayori.exblog.jp/26300525/
=====

長くなりました。

いよいよ歩き始めましょうね!
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玉ケ池からたんがら森へと向う道にはイチゲの早咲きが一輪。
いよいよ春の兆しが現れ始めた。

急で岩のごつごつした斜面をひと登りすれば、たんがら森。
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  たんがら森の文殊菩薩

===うん蓄 その3===
たんがら森の麓(玉ケ池のほとり)に、かつては龍ケ森文殊堂ってのがあって、元々たんがら森は文殊様を祀っている山。
上記の七つ森(七疑峰)の由来を見ても分るとおり、ガイドブックに書かれている・・・旧来七つ森とはタガラ森を含めて七つだったのが笹倉山を入れて七つに変わった・・・ってのは誤りだってこと。
あと、笹倉山(大森山)の薬師堂に各山の薬師仏が合祀されたってのも違いますからね。文献調べれば、間違いにはすぐ気づくはず。大森薬師堂や尖倉(遂倉)、鎌索(鎌倉)薬師堂についての記述が出てくる。
=====

たんがら森から遂倉山への途中の岩場を眺めると、七つ森がクラ山信仰の対象であっただろうと思わせられる。
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20年くらい前までだったかなあ?遂倉山の山頂に薬師堂はあった。
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     遂倉山薬師如来

山頂に着いたら、スタンプラリーのスタンプを記録しましょう。
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山名板の柱のてっぺんを鉛筆でこすれば、
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スタンプってゆーか、スタンプなんでしょうね。

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      鎌倉山薬師如来
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南斜面ではカタクリがいつ花を開かせようかとじっと待っていた。
今年は3月の気温が低かったせいだろう、春の花の開花は遅れている。

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蜂倉山の磐座に登ってみた。
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     蜂倉山薬師如来

蜂倉山から大倉山への途中に
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     ネコノメ草

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    大倉山薬師如来

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エンレイソウを見つけたのは大倉山の下りだったか?

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撫倉山への登り道。標高300m前後程度の里山にしては、登山道として面白い。

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     撫倉山薬師如来
見晴らしの良い撫倉山山頂からは、麓にある僕の家が見える。(肉眼では無理だけど・・・)

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     松倉山薬師如来
一番若い顔をしていると思う。

七薬師掛け一般コースとして紹介されているルートを逆に辿ってきた訳ですね。

===うん蓄 その4===

七仏薬師信仰ってのは簡単に言うと、姿を変えた六つの薬師如来の世界を経て、本当の薬師如来の世界に到達するって考えに基づく訳だから、大森薬師堂を本地とするならば、遠くから始めてだんだん近づいて行くこの順番が正しいと僕は考えるのです。興味のある方は「七仏薬師信仰」でググってみてください。
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ここまでの、道々の案内は多くの方がブログ等で載せているので、道の詳細はそちらを参照してくださいね。


信楽寺跡の駐車場にデポした車に戻る前に堂ケ森へと向う。
駐車場から遊歩道と反対に歩き、道なりに右折。丁字路を直進しその先の細い私道を今度は左折すると赤い鳥居が目に入る。
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ここが堂ケ森の登り口。
標高91mなので、10分もかからずに頂上へ届く。
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    堂ケ森薬師如来
ほかの山の薬師様より年代は新しく、この薬師様は大森山を向いていない。

最後は笹倉山(大森山)薬師堂へ
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これで、七薬師掛け+たんがら森+どんがら森の「九掛け」の完成。
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スタンプラリーも完成した。

今回は長かったねえ~!
「うん蓄」も「歩き」も・・・
最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。



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by mt1500funagata | 2017-04-01 23:18 | 七つ森界隈 | Trackback | Comments(0)