カテゴリ:七つ森界隈( 26 )

笹倉山と初日の出

平成26年1月1日、笹倉山から日の出を見た。
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七つ森のひとつ笹倉山。山頂手前の国見崎というところからは、仙台平野から松島湾さらに牡鹿半島まで望むことができる。
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とてもキレイな日の出だった。
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山頂の神社の石灯篭。
以前のブログ記事で、原阿佐緒のことを書いたときに、阿佐緒と蝶と笹倉山の石灯篭を絡めたのだけれど、その訳はここにある。
蝶は阿佐緒が好んで絵を描き、宮床に戻ってからの日記帳の表紙にはいつも蝶の絵を描いていた。そして、この石灯篭は病弱だった阿佐緒が女学生時代に病を患ったときに平癒祈願として奉納したもの。
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黒川郡宮床村 原浅尾と刻まれている。
余談ですが、宮城学院の聖書と鳩の校章は原阿佐緒のデザインによるものだそうです。


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by mt1500funagata | 2014-01-02 09:21 | 七つ森界隈 | Trackback | Comments(0)

名も知れぬ静寂の沼

12月14日は縁結びのお祭り、吉岡八幡宮の島田飴祭り。
花火の音で目が覚めた。
窓の外は雪景色・・・「うひょ~!」って喜んで布団から出た。
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七つ森もいい感じに雪化粧
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石神山精(いわがみやまずみ)神社へ。社伝によれば坂上田村麿呂勧請と言われますが、続日本書紀に延暦9年11月丁亥(790)陸奥国黒川郡石神山精神社を官社となすとあります。巨大な岩石の元に神霊の存在を認め祀った古代の祭祀場で右手の周囲7mに及ぶ杉の巨木は坂上田村麿呂の手植えと伝えられています。
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カモシカに会えるかも?って思って七つ森の奥の静かな森へ。
この周辺には何度も訪れている。ずいぶん前の話になるけどカモシカの家族を3世代観察したことがある。カモシカの固体識別も完全に出来るほど通った森だ。
でも近頃は、滅多に出会うことがなくなった。今年は一度も見ていない。
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名前も知らないって言うか地図への記載さえない静かな沼へ。
いつもは森の動物達が水を飲みに来るのか、沼辺にはたくさんの足跡が残っているけれど今日は新雪に覆われているばかり。風もなく、木の枝に積もった雪が雪面に落ちる微かな音が聞こえるだけの静寂につつまれていた。
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あと数時間のうちにはニンゲンが100万人も住む都会へと向かわなければならない。そこには、ここにあるような静かな場所もないし、土の上を歩くことさえ出来ない。もう少しここにいたい。ここで何をする訳でもないのだけれど、静かな水面に落ちて行く雪を時間の許す限りただ眺めていた。寒さは感じなかった。
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森の霊水が湧き出る泉。
近づくと「キャラッー」って鳴き声と同時にくちばしの長い鳥が飛び立った。
ヤマセミだった。
週末の朝、自分が自分であるための時間はこうして過ぎて行く。


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by mt1500funagata | 2013-12-14 21:10 | 七つ森界隈 | Trackback | Comments(1)

・・・笹倉の秀嶺(ほつね)たまゆら明らみて時雨来たれば空に虹見ゆ・・・
                     原 阿佐緒(大正十年)          
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台風一過の秋晴れの朝、笹倉の秀嶺を見に行った。
昨日は、台風で山に行くのをやめた。
そんな日は、明治・大正・昭和と激動の時代を美しいがゆえに波乱に満ちた人生を送った宮床村生まれの美貌の女流歌人、原阿佐緒の人生を垣間見るってのも、たまには良いかも知れない。

笹倉山の麓、大和町宮床には、原阿佐緒の生家である明治十年ころに建てられた白壁の洋館が「原阿佐緒記念館」として公開されています。
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大正デモクラシー期に「スバル」、「青とう」、「アララギ」などで活躍したけれど、歌を読んでみると「かなしみ」が多いように僕は思った。

山村の裕福な家に生まれ、美しく育った阿佐緒は二十歳でシングルマザーとなる。
その後再婚するも幸福とはいえず、歌人であり有名物理学者であった石原純との大恋愛は大スキャンダルとして好奇の目に曝され「アララギ」も破門となった。
その後は大阪まで流れ、酒場のマダムとしての一時期を送ったこともある。
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第一歌集「涙痕」第二歌集「白木槿」第三歌集「死をみつめて」第四歌集「うす雲」自叙伝「黒い絵具」
四十代半ばで宮床へ帰郷し、それからの七つ森の麓での二十数年は歌もほとんど作らず、宮床の人としての生活だったようです。

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「笹倉山の蝶」
明治、大正、昭和と女性の生き方が大きく変わった時代を阿佐緒は短歌に体現しながら生きた。女として母としての悲しみ、喜び、苦悩を歌に託して一人で迷いながら生き続けた。苦しく何度も捨て鉢になりそうになりながら、二人の子を世に生かすために。歌壇から忘れ去られ、さまざまに言われてもなお生きた。

・・・うつし世に女と生れてもろともにかなしき道に相へだて泣く・・・

この世に女と生まれて、女ゆえのかなしい道を共に泣く・・・と歌う
「かなしき道」の「かなしき」は、「悲、哀、愛」の道だった。自分はありのままを、女として、母として、弱く迷うばかりの道を、昔からの、そしてこれからの女の人たちへ何かつながるのを探りながら、歌ってきた。
阿佐緒の静かな声は蝶となって風に乗り、笹倉山の山頂の石灯籠へと舞い上がっていくのだった。
(秋山佐和子著 「原 阿佐緒 うつし世に女と生まれて」より)
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阿佐緒が生まれ、暮らしていた洋館の窓。
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この窓から阿佐緒は、うつし世を眺めていた。なにを想っていたのだろう。
そんなことを考えて窓をながめていたら、ひらひらと一頭の蝶が・・・
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蝶となった阿佐緒が風に乗って、笹倉山の山頂から舞い降りてきたのだろうか。
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蝶の舞う窓辺のガラスの向こうに阿佐緒の面影を見たような気がした・・・。

・・・沢蟹をここだ袂に入れもちて耳によせきく生きのさやぎを・・・

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笹倉山は何度も登っているし、それこそ毎日のように眺めている。
でも、笹倉の麓に生きた原阿佐緒の人生を辿ったあとに見る笹倉山は、今までとは違って見えた。
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by mt1500funagata | 2013-09-17 23:36 | 七つ森界隈 | Trackback | Comments(3)

七つ森のふもとで・・・

七つ森、松倉山のふもとにとっても素敵なカフェがあります。
「モカモア」さんに、僕が去年とった種からできた、ヘチマの苗を置いてもらいました。
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「七つ森ブレンド」や「七つ森スカッシュ」なんて、七つ森の帰り道にはピッタリのメニューもあります。

コーヒー飲んで七つ森遊歩道をちょっと歩いてみれば・・・
目の高さにはうりのきの花が咲いていたり
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足下にはイチヤクソウ
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指先と口の周りを紫色にしながら、ヤマグワの実をいっぱい食べて
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イチゴの酸味もいいねえ!
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「モカモア」さんの庭は、四葉のクローバーが必ず見つかります。
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まあ、ここでコーヒー飲んでれば幸せになれるんですけどね。
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by mt1500funagata | 2013-06-24 06:14 | 七つ森界隈 | Trackback | Comments(0)

ふるさとの山

ふるさとの山にむかいて言うことなし
ふるさとの山はありがたきかな

石川啄木は岩手山に向かい
「久しぶりにふるさとに帰ってなつかしい山々を眺めていると、心が満ち足りて言葉が出なくなる」
そんな想いを込めたそうですね。

朝には、クジラのような面白い雲がかかっていたり
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夕方には、空が紅く染まってみたり
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そんな七つ森を毎日眺めている。

僕にとっては、日常の中での想いだなあ。
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by mt1500funagata | 2013-06-20 22:45 | 七つ森界隈 | Trackback | Comments(0)

大森山の亀

早起きして大森山まで朝の散歩。
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一昨日、山開きの行事が行われました。
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里山は新緑が映え、山笑う季節。
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今朝の目的は、亀の子岩。
今は違和感を感じてしまいますが、
百年も経てば今までの亀の子岩のように
風格が出るのでしょうね。
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by mt1500funagata | 2013-05-10 07:11 | 七つ森界隈 | Trackback | Comments(0)