今日殺される母子グマの瞳

早朝、夜明け前に家を出た。

ツキノワグマとニンゲンと共存の境界線上に仕掛けられた箱罠に母子グマが入っていた。
c0294658_08235125.jpg
今日中に殺されることになるだろう。

c0294658_08244213.jpg

クマは暴れることもなく、自分の運命に従うつもりなのだろうか?

c0294658_08250045.jpg


c0294658_08240635.jpg

動画(1分46秒)


c0294658_08251805.jpg
母のぬくもりを味わえるのは今日限りということを子グマは感じ取っているのだろうか?
母グマの目は全てを悟っているかのように見えた。


c0294658_08242478.jpg
この瞳は何を訴えているのだろう・・・・・
あなたはこの母子グマの瞳に何を感じますか・・・・・

c0294658_08253350.jpg

今、僕の瞳は濡れています・・・・・






[PR]
トラックバックURL : http://bunatayori.exblog.jp/tb/27774155
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by hibikorekouji2-2 at 2017-09-29 18:46
自然界で一生懸命生きている動物を見ていると、
人間ほど厄介な動物はいないといつも思います。
全ての生き物の命が人間の掌中にあるという現実、
母子熊が何をしたというのでしょう。

もうかなり前の事ですが、大霜で真っ白になった笹の脇に仕掛けられた檻に1匹の犬が閉じ込められていました。
凍えるような寒空の下、檻の傍に座りずっと遠吠えをしていた1匹の犬の姿とダブりました。
保健所の方が檻を引き揚げに来て軽トラに乗せ持ち帰りました。
そしてその軽トラをずっと追っていたあの犬の姿は今でも鮮明に覚えています。
動物との共存共栄はもはや夢物語なのでしょうか。
Commented by mt1500funagata at 2017-09-29 23:09
> hibikorekouji2-2さん
コメントありがとうございます。記事本文では敢えて言葉少なに書いています。
一行目に境界線上と書いたのは、この線の向こう側には自然の中で生きているクマがいて、こちら側にはクマによる経済的な被害を受け、日々の生活(仕事)の中でクマの存在に恐怖を感じている人間がいるってことです。クマを何回も見ていて、かつこちら側の人の話も何回も聞いている僕は、今朝罠に入った母子グマを見て、複雑で様々な思いが交錯し言葉にすることが出来なかったというのが現実なのです。
数十センチの距離でクマと接し、子グマの吐息や母グマを頼るような鳴き声を直にしたら感情的にはこの母子グマが可哀そうでなりません。涙も出ます。このクマが罠に入らないような追い払いを行う機会はあったのにしなかったという後悔もあります。

野生動物との共存共栄は縄文時代と共に終わっていると思っています。野生動物はペットではないし互いの命のやり取りをしなくなった時点で共存共栄はなくなったのではないでしょうか?ブロイラーや食肉用の豚や牛は、人間のための食品としての商品でしかない訳で命の一方通行でしょう。クマを殺すだけでなく棲み処の森を奪ったのも一方通行だと思います。
Commented by toto4543 at 2017-10-02 10:23
こういう写真や動画を見ると、改めて複雑な思いですね。
中山間部に住む人が減って、緩衝地帯が少なくなった事が原因のひとつに上げられますが、改めて荒れた土地を活用して、緩衝地帯を手入れする仕組みが考えられないかな、と思います。
例えば、空き家、空き地を行政が買い取り、活用できる企業や個人に格安で提供。そのかわり、緩衝地帯の整備に参加する、とか。その整備も定期的に地元の土木会社に依頼すれば良いでしょう。川をコンクリートで固めることに税金を使うより遥かに良い。なにか次の仕組みが必要だと感じています。
Commented by mt1500funagata at 2017-10-02 22:35
> toto4543さん
コメントありがとうございます。住宅地に出没するクマへの対策も急務ですね。
里山が消滅し緩衝地帯というか、本来のツキノワグマの生息地であるドングリが実る雑木林の面積が減ったというのが根本にあると思っています。住宅地に出没するクマは小型のクマばかりで、森の奥に行けば大型のクマがゴロゴロいます。要するに大型のクマに押し出された小型のクマが町に出てくる訳ですね。町に住宅を作る土地がなくなり、雑木林のある里山を造成し宅地にして行った人間の行動の反対をクマがやっているに過ぎないというのが僕の考えです。若い世帯が郊外に住むのと同じで、若いクマは人里近くに住まざるを得ないのですね。

罠に掛かった母子グマは当日中に殺されました。殺される前に僕がその姿を見て写真と動画に収め、そして、それを見た多くの方が涙を流した。それが殺されたクマにとってはせめてもの救いになったのではないでしょうか。

Commented by toto4543 at 2017-10-04 10:41
なるほど、非常に分かりやすいです。まずこれ以上無駄に人間の生息域を広げないことですね。人口も減るわけですし。そして緩衝地帯の管理。昨今は都市部から移住する人も増えてきたので、そうした流れを上手く使えば、地域づくりにも繋がっていくんじゃないかと思います。いろいろと次の段階に入る時期かもしれませんね。ボクもなにか出来ないかと考えてしまいます。
Commented by mt1500funagata at 2017-10-04 20:19
> toto4543さん
人間の生息域を広げないってことは宅地造成に限ったことではないのですね。戦後の拡大造林計画で野生動物の棲み処であったブナを始めとした広葉樹林の伐採、その後の人工林の荒廃、山間部の過疎、限界集落・・・etc。様々なことが絡み合っている訳です。僕も何か出来ないか?と思ったのは渓流釣りを覚えた20代後半の頃でした。渓流釣りが出来る環境をいつまでも残したい、それが船形山のブナを守る会の活動に参加するきっかけでした。ブナの森を残すことが渓流釣りや野生動物、さらに次世代の子どもたちのためになると思ったからです。
まあ、僕の想いはブログ記事やましてやコメント欄で語りきれるものではないし、ニュアンスも難しいです。来年にでもイワナの棲む渓流を一緒に歩きながらお話出来れば、などと思っています。
Commented by toto4543 at 2017-10-05 11:03
ありがとうございます、ぜひ!
ボクも渓流釣りを始めて26年が過ぎました。山については思うところがいろいろあります。詳しく知っているわけではないのですが、山を巡る問題は感じています。対処療法ではなく、体質改善になるような次の段階に進む時期なんでしょうね。
Commented by mt1500funagata at 2017-10-05 21:02
> toto4543さん
個人的に連絡取れるように、僕あてにメール1本入れといてくださいね!
Commented by toto4543 at 2017-10-06 09:24
了解しました!
by mt1500funagata | 2017-09-29 08:47 | 野生動物との出会い | Trackback | Comments(9)