泉ヶ岳の袖泉って?本当の袖泉を考える

泉ケ岳、ここ数年ネット上で「袖泉」って名前で呼ばれている山頂から南西に落ちる尾根を歩きに行って来た。
僕は「袖泉」って指す場所が違うんじゃないか?と言うか「本当の袖泉」は別な場所!って思っている。
理由は後で述べますね。
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水神コースの登山口には沢山の車が停まっていたけど、歩き出しの先頭は僕ら。
トレースの上に前夜に降った雪が10cm位積もり、歩きやすいし見た目も美しい。
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水神から北泉方面へ向かい「お花畑」って呼ばれている辺りからヒザ川を横断して、尾根に取り付いた。
15年も前、この南西の肩の尾根を歩いてみたくて適当に取り付いた箇所が僕にとってはスタンダードになっている。

*平成13年(2001年)2月11日の記事↓↓↓
http://funagatayama.web.fc2.com/010211.htm

最初のうちはまだイイんですよ。そんなに急じゃないから。
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標高1000mの等高線を過ぎると、とたんに急になる。雪の状態によってはワカンかアイゼンが有利。
適当に上を目指し、このへんから右方向へ・・・なんてのも感覚で分るようになった。
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ガスっていて山頂方面や眼下の眺望は得られなかったけれど、風がなく細い木の枝に付いた霧氷がとてもキレイだった。
やっぱ冬の泉ケ岳に登るんだったらこのルートがいいなあ!
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山頂の積雪量はこのくらい。
今日の目的は、この南西の肩の尾根を歩くことと、麓の「広島風お好み焼き」を食べること。
お好み焼き屋「むかご」を目指し、かもしかコースを下りて途中からショートカットで水神コースの下部に合流し下山した。


さて、ここで冒頭に書いた
・・・「袖泉」って指す場所が違うんじゃないか?と言うか本当の「袖泉」は別な場所!って思っている理由であります。

一昨年、僕はブログの記事に「袖泉っていうんですか?」
http://bunatayori.exblog.jp/21465365/
って疑問符を付けていた。
同行した方から「袖泉」って言うんですよねって言われ、ネットで検索してみた結果に違和感を感じていたから。
しばらくして、県内の山の案内とか書いてる大御所とも言える方から、ずっと前に「北泉ケ岳って、着物の袖を広げたような山容に見えるでしょ?だから別名を袖泉って言うんだよ」とお聞きしていたのを思い出した。
そして、僕なりに色々と調べてみた。
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昭和47年に発行された船形連峰に関する初めての公式ガイドブック。
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添付の地図に「袖泉」って記載されてます。ネット上で書かれている場所と違います。
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地名・沢名をまとめた図に「袖泉」って記載されてます。ネット上で書かれている場所と違います。
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昭和6年に書かれた古い文献。
「・・・泉ケ岳の西北に袖泉岳あり・・・西北は黒川郡吉田村・・・」って書かれています。
ネット上で書かれている場所と違います。

船形山もしくは御所山と同じ場所を別な名前で呼ぶことは多いけれど、場所そのものが違うってのは如何なものでしょうか?

なーにも、今更古い文献とか持ち出して面倒くさいこと言わなくても良いんじゃない?今は「袖泉」で通っているんだから!ってご意見もあろうかと思います。
人から伝え聞いた話が変化して行くってこともあるでしょう。

でも!先人が大変な努力をして綴った公式案内に明確に記載されている事柄は大切にして行きたいし、これこそが基本で有るべきだと僕は思っています。
そして、ネットとはほぼ無縁であろうと思われるご年齢の大先輩方にこのことを尋ねた時に聞いた「んだよ、袖泉って北泉ケ岳のごどっしゃ」という言葉も大切にして行きたいと思っています。
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夕方、北泉ケ岳は着物の袖を広げたような姿で僕らを見送ってくれていた。



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Commented by maro7 at 2016-01-31 18:38 x
なるほど納得、袖泉の場所は北泉ルートだったんですね。昭和6年の文献には泉ケ岳の西北に袖泉岳……。
この当時は北泉岳の名称は無くて袖泉岳と呼んでいたのかな。現在、北泉岳の基準点名は浦泉でありますね。
調べていくうちうちに、三叉路付近は「升沢方面からの信者の群れがこの辺りをこえて定義参りをしたと伝えられている」(改訂船形連峰御所山案内)
そうすると今の芳の平まで行くのにはかなり回り込みするから何処を通ったのか??。
新しく切り開かれた黒鼻尾根ルートは、その当時からあって定義参りルートだったり???。
また、謎が増えました(笑)
Commented by mt1500funagata at 2016-02-01 06:59
> maro7さん
元禄年間、仙台藩御領分全図によれば「北泉根」、明治末期~大正初期の後所登山案内には「北泉嶽」となっています。(「舩形連峰御所山案内」に掲載)
時代や地方によって色々な呼び方があったのでしょうが、北泉ケ岳の山容を着物の袖に見立てた「袖泉」って名づけた人のセンスは素敵だなあ・・・って思います。
maro7さん、謎解き楽しんでくださいね!
Commented by A子 at 2016-02-01 23:06 x
んーー
なるほど。
いつの間にあのルートが袖泉になっていったんでしょうね。
北泉に行くルートだったとは。。。。
文献というか地図みると全然違うことがわかりますね。
ありがとうございます。勉強になります。
その日自分も泉が岳に行こうと思っていましたが14日にフルマラソンあるのでロングランにしました。
22kmでダウン(笑)
行きたかったなー
むかご←そこ(笑)
歩き出し何時で一番目の踏み跡つけられたんですか?
あーーーむかごに行きたイィーーーー
スタミナダブルのチーズと餅のトッピング♫
Commented by mt1500funagata at 2016-02-01 23:44
> A子さん
歩き出しは8:30くらいだったと思います。
駐車場にいた人達なかなかスタートしなかったんだよねえ。
当日は、新年会一緒だったA氏と駐車場でバッタリ!
君と良く一緒にむかごに行くと言うCちゃんもご一緒することになり
Y子さんと僕の4人で歩いたのです。あ!むかごも4人でね。
スタミナダブル?トリプルじゃないの?

フルマラソン、さぶすりいでの健闘を祈る。
Commented by morino1200tb at 2016-02-02 20:28
大変ご無沙汰しています。
確かに123頁に載っておりました。見落としていました。
同図に関口から黒鼻山への登りがウズラ坂とあったことも・・・。もう一度読み返さなければなりません。
ありがとうございました。
Commented by mt1500funagata at 2016-02-02 23:52
> morino1200tbさん
こちらこそご無沙汰しています。
そうそう!123ページの図です。昭和6年の文献は181ページです。

すっかり定着してしまった袖泉ですが、
「かつては北泉ケ岳を袖泉岳とも称していた」
と言うことを知ったうえでの「泉ケ岳の袖泉」であって欲しいと思っています。

古い本や地図を眺めるのって楽しいですね!
by mt1500funagata | 2016-01-31 00:47 | 泉ケ岳周辺 | Trackback | Comments(6)