「ほっ」と。キャンペーン

ずっと前から気になっていた場所。
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旗坂キャンプ場へ向う道の途中、沢渡の登山届所の手前右手、吉田川の対岸に見える岩壁の縦長の洞穴みたいなところ。

山へ行かない日、朝の散歩がてらに行ってみようと思い立った。
この辺りの吉田川は両岸が切り立った深い谷状になっていて、散歩がてらに川を渡って行けるようなものではない。
でも対岸を地形図で確認すると途中まで農道が通じていて、ヤブ漕ぎっていっても散歩程度で行けるような距離だ。

最後の人家を過ぎ、農道終点から歩き始めると、途端に人臭さからケモノ臭さに変わった。
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いかにもクマが寝ているっぽい土穴があったり、雪や泥の上に残された足跡はケモノのものばかりだった。
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秋には面白いキノコも採れるかな?って松林を過ぎると、ケモノ道は吉田川の左岸に沿って形成された尾根へと続いて行った。
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たぶん、ほとんどがイノシシの踏み跡だと思います。
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対岸から見ていた崖の反対側も切れ落ちていて、ヤセ尾根のような地形だった。

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やがて、ヤセ尾根の「ような」じゃなくて、本当のヤセ尾根となった。崖側は数十m垂直に切れ落ちている。
散歩の筈だったけど、整備された登山道より、よっぽどスリリング。

イノシシたちは日常的にこの道を通っているようだ。
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ヤセ尾根の先にはイノシシの溜め糞。

そのままケモノ道を辿り、川に向って岬のように突き出たところが目的の縦長の洞穴の上。
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眼下に吉田川。けっこうな高度感、もちろん落ちたらひとたまりのない。
ここで穴が開いているであろう崖の下部を覗き込むことは出来ない。
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少し回りこんで、先ほどまで立っていた岬の下部。洞穴は見えない。
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僕がここに来たかったのは、もしかしたら対岸からは見えない崖の陰にも穴が開いていて、石橋のようになっていたら面白いだろうなあ~って思っていたから。
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いつか上流の橋まで川岸を歩いてみようかなあ~?
下手な里山のピークハントより、高度感とスリルを味わえそうな気がする。

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まあ、朝の散歩道としては面白かったケモノ道でした。


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# by mt1500funagata | 2017-02-18 23:23 | Trackback | Comments(0)

天気予報に反し青空に包まれた泉ケ岳周辺は大賑わいだったようだ。
帰るときに通った泉ケ岳駐車場は満車に近く、表コース登山口にも沢山の車が停まっていた。

でも、僕らはほとんど人とスライドしない「裏泉周回ルート」を選択したのだった。
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スプリングバレースキー場を挟んで見上げる「裏泉」
もちろん正式な名称ではない。
信仰登山時代からの薬師水コースを今は表コースと呼び、南斜面のスキー場側を正面とするのが一般的だから、その反対側の北尾根を含めた北斜面を裏泉と勝手に呼んでいるだけです。

スキー場を横断して山裾に向えば早いのだけれど、オープン前にきれいに整備されたゲレンデを横切ることは出来ない。僕らがマナーを無視した登山を行えばスキー場関係者を含めたスキー愛好者から登山者全体がヒンシュクをかってしまうことになるだろう。
スキー場の際をを大回りして北尾根に取り付いた。
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過去に2回アイゼン装着でこの北尾根を登っているけれど、それは3月と4月。
2月の深雪に僕らは現地でスノーシューを選択した。
登り始めは快適ですよ。そんなに急じゃないから。

少し登ると、とたんに急登が待っている。
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写真では伝わりにくいけれど、かなりな急斜面。
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わかるかな~?
フカフカな新雪で普通に登ろうとすればスノーシューが前の斜面の雪を崩すだけ。上に進めない。
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足を後ろにスイングして思い切り雪面に蹴りこむ。同じところに3回くらい蹴りこまないと雪は崩れるばかりで身体を上に持ち上げることが出来ない。もっと急な斜面では膝を使ってステップを作ったところに先端を蹴り込んで上へと進んだ。

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下から見上げた時、朝の光に輝いていた北尾根の雪庇まで、ようやく登り詰めた。
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なかなか楽しそうな雪庇の際。
同行のヨシコさんも登山女子としてはベテランの域。登山歴こそ10年に満たないが、東北のミニ谷川岳とも言われる鬼首禿岳火の沢も夏は沢登りで残雪期には雪渓を登っているし、岩壁でスリングにぶら下がってのビバーグまで経験している。(その他諸々、お家の人にはナイショだよ)

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参考画像:鬼首禿岳火の沢
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泉ケ岳北尾根って、部分的には火の沢より急な箇所がある。木が生えているから怖さは感じないけれど。
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マロ7さん先行で雪庇の上に乗り上げる。
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雪庇の尾根から眼下にスプリングバレースキー場。
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いいカンジで雪と戯れてますねえ~!

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最後の崖のような急斜面を乗り切れば、山頂台地はもうすぐ。
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ここまで来れば、山頂までは散歩みたいなもの。
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いちおう山頂は踏んで来た。
今日の山歩きの目的は北尾根を登ることであってピークハントではないので、そそくさと次の目的である山メシの場所へと向う。

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ヒザ川二股の中間尾根にもイイカンジで雪が付いている。
この尾根がネット上で「袖泉」と呼ばれていたのは誤りだったとの認識も広まってきたように思いますが、いまだに袖泉と呼ぶ人もいるし、少し引いて通称袖泉なんて言ってる人もいるようですけど、間違いですからね!袖泉は北泉ケ岳の旧称ですから。

関連記事:泉ヶ岳の袖泉って?本当の袖泉を考える
http://bunatayori.exblog.jp/25244141/

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下山は気持ちの良い林間のスノーシューイングと洒落こんだ。

今日、第二の目的は先週マロ7さんが食べそびれた「焼きそばナポリタン」
船形山界隈を根城にするヒゲの写真家に会うたびにコツを伝授してもらい、ますます進化した。
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山で食べるおにぎりって、なんて美味しいのでしょう!と言う言葉をよく耳にするけれど、山で食べるナポリタンは、すっごーく美味しいんですよ!

山ヤのフリをして厳しい急斜面を登るだけじゃない。
BE-P●L野郎のフリをしてオシャレっぽく雪上で美味い山メシを食べ、素敵なスノーシューイングを楽しむ。
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山遊びの幅が広がります。

今日歩いた山域です。赤線なんて書き込みません。
分る人なら見当は付くでしょうけど・・・
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地形図を眺めて面白そうなルートを探すところから、登山は始まっているってこと。
・・・あのルート、ヤ●レコにルート図載ってたよねえ・・・って聞いたとたんに、そのルートへの興味が失せてしまうのは僕だけなのだろうか・・・?・・・

(但:これはバリエーションルートや里の藪山に限ったことで、一般登山道の情報を共有するのは大いにけっこうなことだと思っています)

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同行したマロ7さんのブログ:マロのページⅢ
http://maro70.blog.fc2.com/


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# by mt1500funagata | 2017-02-11 21:38 | 泉ケ岳周辺 | Trackback | Comments(0)

2月4日立春。
春の始まりの日ではありますが、山の暦では厳冬期。
ここのところ里山行きが続いていたので、そろそろ奥山の深雪が恋しくなる。

と言う訳で、簡単に奥羽山脈脊梁付近に行くことが出来る関山峠に向った。
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明治初期まで「峰渡り」と呼ばれた敷山古道を関山トンネル入口から逆周回するのだ。

*参考(最初に読むと本記事の内容が分りやすくなります)
マロのページⅡ「関山・峰渡りのブナに・・・」
http://maro407080.exblog.jp/19673646/
マロのページⅢ「関山隧道と峰渡り・・・」
http://maro70.blog.fc2.com/blog-entry-442.html
ほかにもあります

関山トンネルの入口から西に伸びる尾根に目を付けた。
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寒風山への登山道とトンネルを挟んでちょうど反対側になるのだけれど、尾根に取り付くまでも強制的に雪と戯れなければならない。
フェンスに沿って取り付き箇所を探るけれど、等高線で想像していたよりもずっと急!

おう!望むところだ!
今日は深雪と急斜面を求めてここへやってきたのだ。
せっかくの厳冬期。日帰りではあるけれど、少しは冬山らしいことしなくちゃ面白くない。
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ストックを縦に突いて歩くラッセルなんて望んじゃいねーぜ!
って、意気込んでいるのか?はたまた、ひぇ~!って泣きながら登っているのか?

2本まとめて横に持ったストックで、すぐ目前にある雪の壁を手前に崩す。崩れてきた雪に膝蹴りを食らわせて、ニードロップ的に少し下向きに押し込んで出来た穴にスノーシューの先端を叩き込んでステップを作りながら登る。
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標高差は50m程度なのだけれど感覚的には100mくらい下に国道48号線が見えている。結構な急登でしょ?

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ふう~、やっと二本足歩行ができるなだらかな尾根に辿りついた。
それもつかの間、またまた現れた急登。
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同行のヨシコさんも強くなった。目指すピークへの最後のラッセルを買って出た。

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標高745mのピーク。
直線距離約340m・歩行距離約650m・標高差約240mのここまで、2時間15分を費やして、やっと峰渡りのルートに乗った。

ここを右(北西)に向えば大峠(関山)。元来ヘタレな僕らは大峠へのピストンはパスして左(南)へ。峰渡りの尾根を下る。
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うっひょー!って叫びたくなるような快適な尾根下り。
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樹間からは奥羽山脈の山々。

尾根の途中に、
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maro7さん達が名づけ名板を取り付けた「峰渡り大ぶな」。

どんどん下って旧関山街道との出合い付近で行動食。
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加藤文太郎のような、山ヤが山ヤであった古き時代から受け継ぐ行動食は干し柿。僕らはまだまだ山ヤとは言えないけれど、真似事だけはしてみたいものだ。

旧街道への合流地点は崖のようになっていて、適当に降りやすそうな所からお尻をついてジャンプするつもりで滑り降りたら、なんと言う偶然!
宙に浮くと思っていたお尻がダンダンダンと衝撃を受けた。
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これもmaro7さん達が設置したアルミ脚立。もちろん雪に埋もれていたのだけれど、センチメートル単位での誤差もなく、僕のお尻は脚立を滑り降りたのである。
脚立を設置したことは知っていたけれど、初めてここへ来た僕はその場所を知らない。これは僕が怪我をしないようにと、最近行動を共にしているmaro7さんのご加護によるものか?
数十メートル歩いた中でドンピシャっていうのは偶然という言葉で片付けるのは違うんじゃないかと思いますねえ~。

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旧街道まで来れば、あとは・・・
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国道への最後の尾根を下るだけ。

少し遅い昼食にした。
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ヒゲの写真家直伝の焼きそばナポリタン。トマトジュースが肝になる。

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峰渡りの逆ルートの終了。
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しかし・・・最後の難所が待っていた。
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えっ!?道路に出られないじゃん!
今日一番イヤなトラバース。上流のスノーシェルターのところから国道に上がって、今日一番の危険箇所、除雪で道幅の狭くなった国道48号線を大型トラックにビビリながら無事に車まで戻った。

せっかくの厳冬期。雪山を楽しまなくちゃね!


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# by mt1500funagata | 2017-02-04 23:19 | Trackback | Comments(4)

七つ森主峰、笹倉山の南斜面にある岩クラ。
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地元の人は黒岩と呼んでいる。

本来なら厳冬期である1月に訪れた願ってもない小春日和。
こんな日は、地元の里山である七つ森辺りで遊ばない手はないでしょう。
と言う訳で、笹倉山に登って来た。
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どこへ登るの?笹倉山です! クライミング道具じゃないですか?そうです!
笹倉山への登山口は北面の御門杉コースか難波コースが一般的ですが、今日は黒岩コースなんですね。

七つ森の座(くら)山信仰の源流を探るべく結成された?「同人nanatsumori」のメンバーであるmaro7さんとヨシコさんの3人チームで臨んだ。
僕らはクラ山信仰の源である七つ森のそれぞれの岩座に触れることを計画したのだ。
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原阿佐緒の墓がある龍巌寺の前を通り、伊達山林道を使ってアプローチした。
ヘルメットのヘタレマークに恥じない最短アプローチで、春のような柔らかい日差しを受けて歩き始め。

黒岩の下に出るまでも距離は短くても結構な急登だった。
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目の前に立ちはだかる岩。
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黒岩と呼ばれている割にそれほど色黒でもない。
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さすがに遠くからでもはっきり確認できる岩場だけのことはある。
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一段目の岩場をクリアするのにも相当な時間を要した。

上部の岩場はもっと厳しそう・・・
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maro7さんが先行して様子を見に行くが・・・
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逆層(岩の形状が下向き)の垂直に近い岩壁を登れるだけのクライミング技術は持ち合わせていないし、ヘルメットにも明示してある通り「安全第一」なので、ここは巻くことにした。
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巻きルートを偵察に行く僕を見守る素振りも全く見せずに日向ぼっこの二人。
巻きルートって言っても、落ちたらタダでは済まされないんですけどーーー!
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相かわらずキビシイですねえ。
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山岳ドキュメンタリー映画「MERU」を観た余韻が残っているとはいえ、ヤツ等と僕じゃあ全然話しにならない。なんたって僕は安全第一、ヘタレシールを貼ったヘルメットは伊達じゃあない。安全第一!

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垂直に近い岩場を避けたにしても斜面の状況はキビシイ。
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日陰の斜面には雪が残り、手元足下に細心の注意を払いながらの登り。
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やっと国見崎への尾根に取り付いた。ここまで来ればもう安心。

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尾根を真っ直ぐ登ってくれば国見崎。青空の下、太平洋が青く輝いていた。

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大森薬師堂の傍らにある、麓の宮床が生んだ女流歌人「原阿佐緒」の本名が刻まれた石灯篭。これは幼少の頃病弱だった阿佐緒(浅尾)の健康を祈願して阿佐緒の父が奉納したもの。

関連記事:笹倉山とうつし世の女(をみな)
http://bunatayori.exblog.jp/20745396/


山頂の薬師様にご挨拶して、薬師堂の裏手から西斜面を強引に伊達山林道へと下山した。
大森薬師堂と七つ森の七薬師との関連等についてのうん蓄を述べたいところですが、今日は黒岩ルートの登攀でお腹一杯なので別の機会にしましょう。
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西斜面から泉ケ岳方面の眺望。わずかに伊達山林道も見えている。

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お気軽登山として登る人も多い笹倉山だけれど、ルートによってはスリリングで面白い山登りが出来る。

===2月1日 追記===
結果オーライでしたが、今思えば岩場のトラバースと巻きルートの急登は安全確保の上ではザイル張るべきでした。どちらも落ちたら数m~数10mの墜落or滑落で軽傷では済まないと思います。
里山とは言え、ルートによってはシビアな対応が必要だったと思っています。


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# by mt1500funagata | 2017-01-28 22:56 | 七つ森界隈 | Trackback | Comments(2)

七つ森 六地蔵 四天王

七つ森の七薬師は有名だけれど
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七つ森の麓には六地蔵と四天王がある。

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六地蔵のひとつ「法性地蔵」。
ほかに「中野地蔵」「草の川地蔵」「永屋敷地蔵」「水地蔵」「延命地蔵」。
享保七年(1722年)宮床伊達家初代宗房夫人の松子(貞樹院松子・仙台藩五代藩主吉村の生母)建立と伝えられる。

四天王とは、
「要害天王」「山田天王」「新道天王」「芳の沢天王」
享保三年(1718年)建立。

七薬師掛け、六地蔵巡り、四天王巡り
一日じゃあ無理だと思いますが、全部やったら相当ご利益ありそうですね。

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七つ森の奥のほうにある滝。
「夢想の滝」というのだそうだ。
(七つ森観光協会発行「緑の古里七つ森を語る」による)

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滝の原温泉「ちどり荘」のすぐ脇にある。

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「瀧原不動明王」
安永三年(1774年)

関連記事:「滝の原不動明王」
http://bunatayori.exblog.jp/21629265/

時間的な制約がある休日は、朝に七つ森の近辺をウロウロする。

七つ森って登るだけじゃなくて、周辺を歩くのも面白い。


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# by mt1500funagata | 2017-01-21 23:14 | 七つ森界隈 | Trackback | Comments(0)

ブナの会で雪の薬来山へ

船形山のブナを守る会、新年の顔合わせ山行で薬来山。
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ここ数日の寒波で積雪に包まれた。

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コアメンバー20名が集まった。寒さや雪などお構いなし!と言うより、皆さんこの雪を待っていたようだ。

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やっぱ、せっかくの冬なんだから雪を掻き分けラッセルするのが冬の季節の登山の楽しみでしょう!・・・ひとりだったら泣きたくなるけど・・・

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薬来山では小規模なブナ林でさえも町指定の天然記念物となる。
でも、この近辺だけにブナが生えているって訳ではない。この近辺のブナだけが伐採を免れたってことに過ぎない。

現在、薬来山ではナラ枯れの原因となる「カシノナガキクイムシ」の調査が行われている。(下の2枚の写真は昨年暮れに撮影)
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雑木林の中に点々と枯れたナラの木を見つけることはありませんか?
カシノナガキクイムシは、偵察隊が「これだ」と思うナラの老木に目を付けたら、その木に集まるようにある種のフェロモンを出す。そして沢山の仲間を呼んで一本の木に集中攻撃をかけるのだそうだ。だからナラ枯れは一帯に広がるのではなく、点々と広がる。
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「かしながホイホイ」シートに集まるカシノナガキクイムシで発生の予察調査をする。木に巻きつけられたピンクのテープは調査のための大切なもので、ピンクテープには色々な意味があって、闇雲に道導として付けられたものだけではないと言うことを知らなければならない。

参加者の中には営林の専門家もいるので、こんな話しを聞けるのもブナの会の山行ならではのこと。

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南峯社殿は雪に覆われて

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山姥様も首だけ雪の上に出てた。

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それほど標高の高くない薬来山は積雪量が安定しない。同じ時期でも社殿の屋根が全く雪の下と云う事もあれば、社殿の前に立って鈴をならし参拝することが出来ることもある。

山に積もる雪は僕らの生活と深い関わりを持っているってことも知らなくてはいけないだろう。
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山頂付近からは大崎平野を一望にすることが出来るけれど、この広大な平野の水田を潤しているのは山に積もる雪。
東北の一大水田地帯である大崎耕土は現在「世界農業遺産」として申請中で現在一次審査を通過したところにある。
山に積もる雪がなければ、この水田農業システムも機能しなくなるって訳。

山頂からの眺めをただ眺めるだけでなく、踏みしめている雪と眼下に広がる景色との関わり合いを考える。

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これが船形山のブナを守る会の山行なのである。


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# by mt1500funagata | 2017-01-15 23:11 | Trackback | Comments(0)

(番外編)MERU[メルー]

MOVIX利府で本日よりロードショー
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当ブログの趣旨とは違いますが・・・

封切日初回の上映を観て来ました。
山岳ドキュメンタリー映画、ラストに涙が出ました。


MERU[メルー]公式WEBサイト
http://meru-movie.jp/

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# by mt1500funagata | 2017-01-14 21:35 | Trackback | Comments(0)

七つ森、8峰全てを一望できる場所は少ない。
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昭和50年に編纂された「大和町史」の中、「黒川郡の神々」と題された一文によれば、
七つ森が大森山(笹倉山)を加えて七つとして数えられるようになったのは、伊達四代綱村の頃(西暦1700年前後)。中国の九魏峯になぞらえて七魏峯と称するようになったという。=注)魏の本当の文字には山冠がつく=
現在山頂に祀られる薬師像は近世のものであるが、(宝暦12年=1762年、伊達氏侍臣、八巻景任父子による)七つ森が霊異の山として黒川郡の人たちに崇められていた歴史は確実に古代までさかのぼる・・・。

そして、その一文には、古代からの神体山としての存在、さらに山中にある岩座(いわくら)つまり神座(かぐら)に関する記述もあった。

確かめなければならないと思った。その岩座(神座)に触れてみたいと思った。

しばらく前から、資料を集め現地の偵察を繰り返していた。

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七つ森の麓にある、石神山精(いわかみやまずみ)神社。

宮司の吉田さんからもお話を伺った。
「おらいは、もともと修験なのっさ。出羽三山で修行して最後に京都の聖護院さ行って法印をもらうのっさ」
延喜式内社の全くの神社だとばかり思っていたのだけれど、実は修験本宗の流れを汲む修験だった、七つ森は修験の山だったのである。境内にある湯殿山の石碑の意味が分った。
「七つ森の倉は岩座の座(クラ)神座の座(クラ)っさ」
僕は〇倉山の岩座の前に立ちたいと思っているのですが、そこが御神体山の神座なのですか?と問うた。
「斜面が急だから落ち葉で滑らないように気をつけなさい」
僕の問いには、はっきりと答えずに笑顔で言葉を煙に巻いた。
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Wikipedia七つ森に記載されている「山の名称には共通して倉の字が入っているが、これは岩を意味している」という解説は正しくないということですね。どんな参考資料よりも吉田宮司の口から発せられた言葉が意味を持つ。さらに、新七つ森と旧七つ森の比較表なども載せているけれど、本来、旧七つ森なんて存在しない。笹倉山を入れて七つと数えた時から「七つ森」となった訳で、それ以前は「七」と数を合わせる概念がなかったと言えるのである。(僕の考察です)

七つ森に関するうん蓄を続けようとすれば、数十ページにわたる長文になってしまいそうです。この辺で切り上げましょうね。


昨年、面白山大権現の御神体探索をご一緒した、ハンドルネーム:マロ7さんご夫妻とヨシコさんを誘って、いよいよ七つ森の岩座神座へと向った。
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どこへ行くの?七つ森です! クライミング道具じゃないっすか?そうです!

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いままでの偵察の結果、下から藪をこいで行くのは相当困難と判断して、上から目指すことにした。いったん山頂に登って目指す岩座まで下降するのだ。
しばらくは木立ちを頼りに慎重に下る。しかし、それも長くは続けられなかった。
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ザイルを出して懸垂下降。50mザイルを目いっぱい使った。
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最初の岩座のテラスに立つ僕。触れるだけで岩は崩れてくる。
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今にも崩れそうな岩がハングしている。長居したい場所ではなかった。
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テラスからの下降にもザイルを使用した。急ですよ!カラ身じゃ行けない。
テラスから降りて今度は急な斜面をトラバース。

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目指していた岩座。
ここが古代クラ山信仰、御神体山の神座なのであろうか?
確かめる術はないのだけれど、中世以前の人々が神の座と考えるにふさわしい岩場であった。
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岩に触れてみる。 
毎朝毎晩眺めている七つ森の懐の真ん中に抱かれているような感覚を持った。
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こうして見上げてみると、古代の人だったら、いや現代人の僕であってもここには神様がいるんだろうなあ~って感じる場所だった。

それから、それから、、、!
今まで、どんな書物にも書かれていないし誰からも聞いたことがなかった凄いものを発見した。
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岩場のトラバース中に、
「あれー!あんな所に洞穴みたいのあるよー」とヨシコさん。
「行ってみるしかないすぺー!」とマロ7さん。
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洞窟だった。
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高さ1mちょっと、奥行きは3~4mくらいか?
平に固められた洞窟の奥には、ヤマグワの種が混じったツキノワグマの糞が残されていた。入口近くの右手には30~40cmくらいの棚のような下が平らな窪みがあって、火を焚いた痕跡とか岩を削った痕跡とか人の手が関わったような跡がないかを探したけれど、見つけることは出来なかった。
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床面はまっ平で、座ったり寝たりするのに充分すぎるほどの快適な洞窟の内部だった。岩がゴツゴツした壁面や天井面と見比べると、不自然な程まっ平な床面。七つ森修験の行者が修行した洞窟のように思える。もし、そうだとして、そうでなかったにしても、この洞窟に僕らの前に人が入ったのはいつのことだろう・・・なんて考えると気持ちの高まりは抑えきれないものがあった。皆おなじ気持ちだった。
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七つ森の山中に、こんな場所があったなんて!
多くの人が訪れる身近な里山ではあるけれど、深い興味を持って深く歴史を調べ深く山中に分け入れば、こんな楽しみ方も出来る。
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累々と広がる落石の斜面をトラバース気味に下山した。
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七薬師掛けは、僕は何度か行っている。
七峰を登っては下りまた登るという大変な山行である。
さらに今日の山行で七つ森の七掛けという横軸的とも言える平面的な広がりに、深さという縦軸も加わったように感じた。

興味のある方は、県立図書館に資料があります。それらの資料を紐解いて訪れてみてください。そこから始めるのが一番面白いと思いますよ。


興味深いことが多くて時間を忘れ、昼飯は陽がとっぷりと傾いた頃になってしまった。
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三つめのすず沼からクレソンを頂いて、甘い水の泉のほとりでクレソン鍋を囲んだ。


今までで、一番面白い七つ森でした。


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# by mt1500funagata | 2017-01-07 23:00 | 七つ森界隈 | Trackback | Comments(4)